*認知症の人間の言動は理解不可能か・第12回
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◆後半:失禁する
ここでも先ほどと同じことに言及することとなる。
トイレを我慢した経験は誰にでもあるだろう。その際みなさんは、我慢しているその大もしくは小(以後ひと言で「用」と称す)を是が非でもトイレでしようとしたのではないだろうか(立ち小便をしたひともいたかもしれないけれども)。トイレを絶対に見つけよう、トイレまで是が非でも我慢しようとしたのではないか。
間に合わずに漏らしてしまうのは、感触が気持ち悪いとか、後の手間が面倒であるとかいうだけのことではなく、「規範に反する恥ずかしい行為」とみなさんには見なされていたのではないか。
そうした恥の意識を、言い換えれば「規範意識」を、俺たちは子供のうちに多く身につけていく。
この用はトイレでするという規範に従っていく意思は幼児の間に確立されるが、その用は(これまで同様これからも)トイレでしていくという意思が、先ほど推測した場合とおなじように、意欲と興味の減退が進行するにつれ、弱くなっていき、ついにはトイレの場所がなかなか見つからないといった危機に簡単に挫けて失禁しまうほどまでになるというのが、アルツハイマー型認知症のこの具体例ハ「トイレの場所がわからなくなって失禁する」で起こっていることではないだろうか。
確かに、単にトイレの場所がわからなくて間に合わず漏らしてしまう、という単純な話かもしれないけれども。
以上、アルツハイマー型認知症一覧の中のB(中等度)の①「見当識が失われる(失見当)」の具体例として挙げられていた三つの具体例
- イ.季節や時間の意識がなくなる
- ロ.自分のいる場所がわからなくなって道に迷う
- ハ.トイレの場所がわからなくなって失禁する
の検証がここをもって終了した。それら言動に医学は「理解不可能」の烙印を押してきたが、それら言動はほんとうに「理解不可能」なのだろうか。
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