(新)Nothing happens to me.

科学には、人間を理解することを妨げる理論的欠陥がある

アルツハイマー型認知症⑧:トイレの場所がわからなくなって失禁する理由(見当識が失われる・失見当のpart.3)(2/4)

認知症の人間の言動は理解不可能か・第12回

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◆前半:トイレの場所がわからなくなる(解釈その1)

 ひとつ前の具体例ロ「自分のいる場所がわからなくなって道に迷う」ではふたつの解釈可能性を想定した。それらは、「馴染みだった道が見知らぬものに見えるようになっているということである場合と、そうではない場合とである。そうではない場合については、以前の考察で出くわすことになった次の「物の道理」ふたつを用いて考察した。

  • 物の道理1.「上の空でしていたことはついいまさっきのことであっても思い出すのは難しい
  • 物の道理2.「上の空では事をし損じる

 

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「物の道理1」について考察した回

「物の道理2」について考察した回

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 これら二つの解釈可能性が今回の「トイレの場所がわからなくなる」でも想定され得るのでないかというわけだが、最初に、いま挙げたふたつの物の道理を用いた方の解釈を試みる。


 その場合、この「トイレの場所がわからなくなる」で起こっているのはこういうことではないかと推測される。


 ここで言うトイレとは恐らく家のトイレのことだろうけれども、トイレに行こうと家の中を上の空で移動していてふと我に返るのではないだろうか。するとそこで、シャンプーを「上の空」でしていたときに起こるのと同じことが起こる。いまさっきシャンプーをしたか、しなかったかを思い出そうとしても、ついいまさっきのことなのに全く思い出せないのと同じように、自分が家の中のどこを歩いてきたか、またいまどこにいるか、わからないことに気付くわけである(物の道理1に基づく推測)。


 とはいえ、あくまで自宅内のことであってみれば、自分がいまどこにいるかすぐに察しがつくのかもしれないが、仮にそうだとしても、トイレに向けて再度歩き始めても依然「上の空」であれば、事をし損じることになってもおかしくはない(物の道理2にもとづく推測)。「上の空」で歩いていて、開けるべき扉を行きすぎてしまい、しかしそのことには気付かずにその横にある勝手口のドアを開け、そこがトイレではないことに驚いて混乱する、といった具合である。そうしてなかなかトイレに行き着かない。


 以上が、先ほど予告したふたつの解釈可能性のうちのひとつである。では、ここからはもう一方の解釈可能性に話を移そう。それは「馴染みだったものが見知らぬものに見えるようになっている」ということである可能性である。






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