(新)Nothing happens to me.

科学には、人間を理解することを妨げる理論的欠陥がある

アルツハイマー型認知症⑦:自分のいる場所がわからなくなって道に迷う理由(見当識が失われる・失見当part.2)(3/6)

認知症の人間の言動は理解不可能か・第11回

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◆「上の空」で歩いていて、事をし損じる

 こうしていまみなさんはどこにいるかわからない。そこでおそらく、居場所を特定するためにみなさんは周囲を見回してみるとか、歩いてみるとかして情報を得ようとするだろう。で、見覚えのある建物がある通りを見つけたと仮定しよう。その建物をスーパーということにしておこうか。みなさんはそのスーパーから自宅に帰ることに決めた。


 そして自宅に向かって歩いているとき、いつの間にか再度みなさんが「上の空」になり始めたとしたら、どうだろうか。


 みなさんは、当該スーパーから見て前方二つ目の四つ辻を左に曲がろうとする。ところが、いつしか「上の空」になっているみなさんはその四つ辻を気付かずに通り過ぎ、もうひとつ次の角で左に曲がる。


 すると目のまえに、消防署のある通りが広がると期待していたところ、商店街の入り口が現れる。


 みなさんは、先ほど見つけたスーパーも、その商店街入り口も共によく知っている。ところが、ひとつ四つ辻を行き過ぎたことに未だ気付いていないみなさんの中でそのスーパーと商店街入り口の位置が折り合わない。みなさんがそれまでの人生の過程で頭の中に築き上げてきた地図と、みなさんが現在自身を取り巻いて広がっていると考えている実際の地理とが一致せず、みなさんは混乱する。なぜここに商店街の入り口があるのか、もうひとつ向こうの辻を曲がったところにあるはずではないか、と釈然としない。


 そうした調子でその後歩き続けるみなさんに待っているのはそれまで同様、道を曲がり間違い、思った場所に辿り着くことができず、頭のなかの地図と現状の食い違いに首をひねりながら右往左往する時間ではないだろうか。


 物の道理1に基づく先ほどの推察につづき、いま物の道理2の、「上の空では事をし損じる、を用いた推測を展開した。その物の道理に最初に出くわしたアルツハイマー認知症のA(初期段階)の②「段取りを立てて物事を行うことができなくなる」の考察では、料理や言葉のやりとりを例に言及したけれども、料理(食べるもののことではなく、作る方のこと)とは手順を一つひとつ踏んで進めていく作業である。グラタンを作るとして、そのグラタンは手順を一つひとつ踏んで作業を進めていった結果の産物である。手順を踏んで進めていくそうした作業を「上の空でしていてし損じることになったのが、そのAの②「段取りを立てて物事を行うことができない」に当たるのではないか、ということだったが、それと同じことがこのアルツハイマー認知症のロ「自分のいる場所がわからなくなって道に迷う」でも起こっているのでないか、というわけである。


 つまり、「どこかに向けて歩いて行く」も料理と同じで、手順を一つひとつ踏んで進めていく作業である。目的地に辿り着くというのもグラタンと同じく、手順を一つひとつ踏んで作業を進めていった結果の産物である。手順を踏んで進めていくその「どこかに向けて歩いて行く」という作業を「上の空でしていてし損じることになったのが、ちょうどいま見た「道を間違う」であり、周囲の地理が、思っているところと合致せずに混乱する、ではないかということである。






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