*認知症の人間の言動は理解不可能か・第10回
(3/4に戻る←)
アルツハイマー型認知症と診断されるのは何度も言うように、それまでなら集中してすることができていた、料理や言葉のやりとりといったことに、意欲や興味が減退していて集中できず、「上の空」でそうしたことをすることしばしばになった状態ではないかとのことだったが、その意欲と興味の減退が更に進行していけばどうなるか?
料理や言葉のやりとりといったことにヨリ集中できなくなり、それらをヨリ「上の空」ですることになるだろう。料理や言葉のやりとりといったことをヨリかろうじてやれている、というようになっていくだろう。
それは別の言葉で言えば、料理をしていく意思や、言葉のやりとりをしていく意思が弱くなっていく、ということだろう。
なら、その意欲と興味の減退がそのままずっと進行していけばどうなるか?
ついには、料理をしていく意思や言葉のやりとりをしていく意思はゼロになる、つまり、身に全く湧いてこなくなるのではないか。
いままでとってきた、春とか夏といった季節や、朝とか夜中といった時間帯に相応しい行動をとれなくなる(とらなくなる?)というのは、コレコレこうした時季にはコレコレこうしたことをしていくという意思や、コレコレこうした時間帯にはコレコレこうしたことをしていくといった意思が、いま言ったように、意欲と興味の減退が極まった結果、もう身に全く湧いてこなくなったということかもしれない、というわけである。
以上、アルツハイマー型認知症のB(中等度)の①「見当識が失われる(失見当)」の具体例のひとつに挙げられていた「季節や時間の意思がなくなる」について今回は考察した。次回は具体例ロ「自分のいる場所がわからなくなって道に迷う」を見る。
*このシリーズの記事一覧