(新)Nothing happens to me.

科学には、人間を理解することを妨げる理論的欠陥がある

アルツハイマー型認知症⑥:季節や時間の意識がなくなる理由(見当識が失われる・失見当part.1)(3/4)

認知症の人間の言動は理解不可能か・第10回

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 さて、ここで考察しようとしているのは、アルツハイマー認知症のB(中等度)の①「見当識が失われる(失見当)」の具体例のひとつに挙げられていた「季節や時間の意識がなくなる」である。医学は、「季節や時間の意識がなくなる」だなんて到底「理解できない」、異常だ、脳がおかしくなったからだ、と決めつけてきた。


 けれども、その「季節や時間の意識がなくなる」で起こっているのも、いまいくつかの卑近な例で見たのと同じ極々当然のことであるという可能性はないか。


 つまり、こういうことである。


 ここまでアルツハイマー認知症のA(初期段階)の①から⑤までの検証を通して、それらは次のような状態のことではないかと推測してきた。すなわち、それまでなら集中してやれていたこと、たとえば料理や言葉のやりとりなどといったことに、意欲や興味が減退していて集中できずそれらのことを上の空でしていることしばしばの状態ではないか、と。


 で、そのようにいわゆる「外の世界」のことにしばしば「上の空」になり、「注意を払うのを怠っていると」、先ほど身近な例を用いて確認したように、「いつしか周囲の動向が不明にな」り、「季節や時間の意識がなくなる」、ということではないだろうか。


◆時季、時間帯にふさわしい行動をとれなくなる

 しかし、ひょっとするとするとだが、こういった解釈もまた可能かもしれない。


 その「季節や時間の意識がなくなる」というのは、春とか夏といった季節や、朝とか夜中といった時間帯にふさわしい行動がとれなくなる(をとらなくなる?)ということかもしれない、と。要するに、冬であるにもかかわらず、薄着で外に出かけるとか、夜中であるにもかかわらず、近所や家族の迷惑もおかまいなしに家の中を大きな音をたてて歩き回るなどといった言動が「季節や時間の意識がなくなっている」と表現されているのではないかということである。


 では、仮にそうだとすればそれは何を意味するか。





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