*認知症の人間の言動は理解不可能か・第5回
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みなさんが日頃よくする、ながら聴きはどうか。本を読みながら音楽を聴いているとか、スマホを見ながらひとの話を聞いているといった場合を想像してみてほしい。やはり、「上の空」できいていた曲やパートナーの話は、ついいまさっき耳にしていたものであっても、なかなかうまく思い出せないのではないか。
クセはどうか。
自分のクセに自分自身気付いていない、ということがしばしばあることにみなさんは気付いたことがあるだろう。誰かと話をしているときしきりにペンをいじっていた。そのことをしばらく後でみなさんは指摘された。ところが、そんなことをしていた記憶がみなさんには全くなく、度肝を抜かれた、といったようなことがかつてなかっただろうか。もしあったとしてそのときみなさんは、そんなに手をせわしなく動かしていたのならどうして当の本人である自分がそのことを思い出せないのだろうと、キツネにつままれたような気持ちになりはしなかったか。
こうしたことは、みなさんが「上の空」でペンをいじっていたということ、そして「上の空」でしていたことはついいまさっきのことでも、思い出すのは難しい、ということを意味するのではないだろうか。
酔っ払っているときや寝ぼけているときにしていたことも、あとで思い出そうとしても全然思い出せないことがある。居酒屋からどうやって家に帰り着いたか全く思い出せないとか、朝自分で目覚まし時計を止め、二度寝してしまったことを全く覚えていない、といった経験がみなさんにもありはしないか。それらは、酔っ払って「上の空」でしていたことや、寝ぼけて「上の空」でしていたことはついいまさっきのことでも、思い出すのは困難だった、ということではないか。
いま、日常生活上の身近な例のうちに、「上の空」でしていたことはついいまさっきのことでも、思い出すのは難しいという物の道理の存在を垣間見た。アルツハイマー型認知症の①「物忘れ」で起こっているのもこれとおなじことではないか、というのがここでの推測である。
その①「物忘れ」の具体例として先の引用文中に挙げてあったのは、さっき食事をしていたことや、さっき確認した曜日や日にちが早速わからなくなるということであったけれども、それは食事やそういった曜日等の確認に、意欲や興味が減退していて集中できず、「上の空」でそうしたことをしていた結果、「上の空」でしていたことはついいまさっきのことでも、思い出すのは難しいという物の道理に従うことになり、「上の空」でしていた食事のことや、「上の空」で確認していた曜日や日にちのことが思い出せない、ということではないかというわけである。
で、もしそういうことなら、その①「物忘れ」は厳密には記憶機能自体の低下ではないことになる。「上の空」でしていたことを覚えていないのは誰にとっても当然のことであって、むしろ問題は、食事をすること、もしくは曜日等を確認することに、意欲や興味が減退していて集中できていなかったこと、そうしたことをするときに「上の空」になっていたことにあることになる。
とはいうものの、この①「物忘れ」の具体例として二つ目に挙げられていた「曜日や日にちがわからなくなって、周囲に何回もおなじことを聞いたりする」については他の可能性もひとつ最後に考えてみることにしたい。