*認知症の人間の言動は理解不可能か・第4回
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前回、認知症や軽度認知障害などと診断することによって、そのひとを「異常」と判定することが不当である旨確認した。
では、不当であるというそのことは何を意味したのだったか?
それは、ひとについて医学が「問題」にするところが間違っているということだった。医学はひとについて「正常か、異常か」を問題にしてきたが、みなさんが長らく医学に問題とするよう求めてきたのは実は「苦しくないか、苦しいか」ではないかということだった。
しかし他の意味もある。
そのひとたちの言動を、ほんとうは「理解可能」であるにもかかわらず、手前勝手に「理解不可能」と誤って決めつけてしまうこと、それである。
そして、今回以降ずっと俺たちが確認していくのはそのことである。
今回はまず、そうした診断がひとに誤って「理解不可能」の烙印を押してしまうことであるというそのことを理論的に確認する。で、後日、実例を用いてほんとうにその烙印が誤りかどうか検証していく。
さっそく、異常の意味を再確認するところから始めよう。
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