(新)Nothing happens to me.

科学には、人間を理解することを妨げる理論的欠陥がある

ED治療薬がアルツハイマー病に効くと示唆する記事から考えられること〜一点論と障害論〜(3/3)

認知症の人間の言動は理解不可能か・第1回

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 こうした事情は認知症なるものについても当てはまるように思われる。医学は実にそれを脳のなかのアミロイドβ一点のせいにしてきたわけである。出来事を一点のせいにする一点論は、問題解決のためにはその一点をとり除きさえすればいいとする短絡的な見解をとる(がん治療でそうした「その一点をとり除きさえすればいい」とする強引なやり方が実践されてきたのはよく知られたところではないだろうか)。で、認知症についても、それを「治す」ためにはアミロイドβを脳内からとり除きさえすればいいと考えられてきたように見受けられる。これまで画期的な認知症治療薬としてしばしば大きな話題となってきたのは、このアミロイドβを脳のなかからとり除くことを狙った薬剤である。

 アルツハイマー認知症は、脳の神経細胞の外側に、異常なタンパク質が集まってアミロイドβタンパクの塊をつくります。この塊は、脳の表面に斑点のように見えることから「老人斑」と呼ばれます。


 老人斑ができてから、数年から数十年経過すると、神経細胞内に繊維状の異常タンパク質(タウタンパク質)がつくられます。やがて神経細胞が繊維化に変化して(「神経原繊維化」と呼ばれます)、萎縮、消失していきます。アルツハイマー認知症は、50歳代からアミロイドβタンパクの蓄積がはじまり、10〜15年かけて、軽度、中等度、高度認知症へと、ゆっくり進行します。しかし、アミロイドβタンパクが蓄積しても、認知症が発症しないことも少なくありません。

(長谷川和夫『よくわかる認知症の教科書』朝日新書、2013年、31-32頁)


 そしてこのように異常を身体のなかの一点のせいにするとその一点は、身体が正常にあろうとしているのを妨げているということになる。その結果、異常な状態というのは「正常になるのを(或る一点によって)妨げられているありよう」ということになる。まさに医学はその「正常になるのを妨げられているありよう」を、世間での言葉の使い方にしたがって、障害(もしく障碍、障がい)と呼んできたのである。世間は電波障害とか通信障害といった言い方で、「電波もしくは通信が、しかるべきありようになるのを、(何か障害物によって)妨げられている状態」であると言おうとする。その障害という言葉の用法に医学は倣ってきたのである。


 そんな医学からしてみれば認知症なる、認知機能の異常は、「認知機能の正常な発現がアミロイドβによって妨げられているありよう」、すなわち障害である。つぎの引用文でそのことを確認する。障害という用語が多用されていることに着目したい。

 アルツハイマー認知症になると、もの忘れなどの記憶障害や、時間や場所などがわからなくなる見当識障害など、さまざまな認知障害が起こり、生活に支障をきたします。時間をかけて徐々に進行し、重度になると自分でものを食べることや着替え、意思疎通などができなくなります。自分で座ることも不可能になり、寝たきりになり、最終的には意識が低下し、昏睡状態となって死を迎えます。


 ただし、進行には個人差があるので注意が必要です(長谷川和夫『ボクはやっと認知症のことがわかった、自らも認知症になった専門家が、日本人に伝えたい遺言』KADOKAWA、2019年、47頁)。


 この文章のうちに認知症の症状として挙げられている「もの忘れ」は記憶障害と、すなわち「記憶が正常に機能するのを妨げられている状態」と、また「時間や場所などがわからなくなる」というのは見当識(時間的、空間的、社会的位置を認識する機能)障害、すなわち「そうした認識能力が正常に発現されるのを妨げられている状態」と見なされている。


 更に、ふたつ前の引用文の続きを最後に見ておきたい。

 初期段階で、脳の記憶の入り口とされる海馬という部位の周辺(側頭葉)の神経細胞が冒されることから記憶機能の低下を起こします。物忘れが次第に激しくなり、数分前に食事したことを忘れたり、曜日や日にちがわからなくなって、周囲に何回もおなじことを聞いたりするようになります。(略)


 中核症状としては、物忘れのほか、言葉のやりとりが難しくなり(失語、「あれ」「これ」といった代名詞が多くなって意味が通じにくくなる)、料理など段取りを立てて物事を行うことができなくなります(実行機能障害、手順の障害)。(略)


 BPSD〔引用者補足:周辺症状のこと〕としては、不安、不穏(落ち着きのなさ)、うつ状態のほか、物盗られ妄想、作話(つくり話)をするようになります。


 物盗られ妄想とは、財布などの貴重品をどこかに置き忘れて、それを身近にいる人(介護している人など)の責任にして、「盗まれた」と主張します。


 作話は、事実とは異なることを話の中に織り込むことです。(略)


 中等度になると、見当識が失われ(失見当)、季節や時間の意識がなくなったり、自分のいる場所がわからなくなって、道に迷ったり、トイレの場所がわからなくなって失禁することもあります。また、失行といい、ボールペンなどこれまで当たりまえに使えていた道具が使えなくなったり、着替えができなくなる(着衣失行)などもこの時期です。


 高度認知症になると、失認といい、対象を認識できなくなります。たとえば、いっしょに暮らしている家族の顔もわからなくなります(相貌失認)。また、大小便の失禁、摂食障害・嚥下障害(食べたり、飲み込んだりが困難)が起こり、やがて自分では座ることさえできなくなり、寝たきりになることから褥瘡ができやすくなります。最後に意識が低下し、混迷から昏睡状態となり、死を迎えます。


 ただ、必ずしもこのように軽度から高度へ進行するものではなく、個人差があり、中には高度になっても簡単な会話ができる方もいます(長谷川和夫『よくわかる認知症の教科書』朝日新書、2013年、33-35頁)


 先ほど指摘した記憶障害と見当識障害の他に、いま、実行機能障害、手順の障害、摂食障害、嚥下障害、が挙げられているのを確認した。


 しかし、このように人間のありようを障害と見ることが実はことごとく人間理解を妨げてきた


 次回以降そのことを確認する。





(→次回

 

 

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