*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.35
◆ひととすれ違う際、悪口が聞こえてくる
さて、そんなあるとき、図書館から借りてきた女性アイドルのCDをカセットテープに録音しているところを母親に見咎められ、家出するという出来事が起こったとのことでした。それ以降、Nさんは落ち着きがなくなり、「日中、ふらっと出かけたかと思うと、遅い時間まで戻ってこなかったり、カラオケボックスに行き、三〜四時間も一人で歌っていたりすることもあった」ということでしたね。
先の引用文には、その頃、幻聴は依然見られていたと書いてありました。こういうことでしたね。Nさんは「路上で、通行人とすれちがう際、『うざいぞ』『この、バカ』など自分に向けての悪口が聞こえてくると訴えた。しかし、家族はこれを病気の症状とは思わず、受験前で精神的に不安定になっているととらえていた」って。
自分が落ちこぼれていることを身にしみて実感していたNさんは、世間のひとたちとすれ違うたび、「社会に自分の居場所なんか無い」と肩身の狭さを感じたり、「自分なんかダメだ」と劣等感を覚えたりするまでになっていた、ということなのかもしれませんね。
けど、Nさんにしてみれば、自分がひととすれ違うさい、そんなふうに「肩身の狭さ」を感じたり、「劣等感」を覚えたりするはずはなかった。
いや、そのNさんの見立てを、少々語弊があるかもしれませんけど、ここでも、こう言い改めてしまいましょうか。そのときNさんには、自分が「肩身の狭さ」を感じたり、「劣等感」を覚えたりしているはずはない、という自信があったんだ、って。
で、その自信に合うよう、Nさんは現実をこう解した。
すれ違いざまにひとが、「社会にお前の居場所なんか無い(うざいぞ)」とか「お前なんかダメだ(この、バカ)」とか言ってくるのが聞こえる、って。
2021年8月14日に文章を一部修正しました。
*今回の最初の記事(1/8)はこちら。
*Nさんのこの事例は全6回でお送りします(今回はpart.3)。
- part.1(短編NO.33)
- part.2(短編NO.34)
- part.4(短編NO.36)
- part.5(短編NO.37)
- part.6(短編NO.38)
*このシリーズ(全48短編を予定)の記事一覧はこちら。