(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

統合失調症の「誰かに嫌がらせを受けていた事実は認められないが、本人曰く、いじめに繰り返しあっていた」「自室にいるとき、女性の顔のようなものが見える(幻視)」を理解する(1/8)【統合失調症理解#16-vol.2】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.34

目次
・中3の2学期頃から勉強を重荷に感じるようになってきた
・自分のことがうまく理解できなくなってきた
・自分のことがうまく理解できないもう一つの例
・part.2の締めの言葉


 前回、「思春期に発症し典型的な経過がみられた統合失調症のケース」*1とされる事例を、引用第1部、引用第2部、引用第3部の3つに分けて、見させてもらうことにしましたよね。


 その当事者であるNさんが、(精神)医学の見立てに反し、ほんとうは理解可能であることを実地に確認するために、ね?


 前回はその引用第1部をざっと見ました。そこでつぎのふたつのことがわかりました。

  1. Nさんは、勉強しないといけない身であるにもかかわらず、中学3年生頃から勉強を重荷に感じるようになってきた。
  2. またその頃から、自分のことがうまく理解できなくなってきた。


 今回はそれらをひとつずつじっくり確認していきますよ。最初に、再度、引用第1部に目を通しますね。
 

 十九歳のNさん〔引用者注:同書ではお名前が出ていますが、以下伏せさせてもらいます〕は、精神科の外来を受診した当日に入院となった。幻聴のせいで苦しくなり、ビル屋上から飛び降りようとしたのだった。


 Nさんは元々おとなしく、引っ込み思案な子供だった。子供のころから集団にとけこむことは苦手で、放っておくといつも一人で遊んでいることが多かった。幼稚園のとき、友達とうまくいかずに行きたがらないこともみられた。


 家業は自営業で、経済的には余裕のある家庭だった。Nさんは一人っ子だったので大事に育てられ、幼稚園時代から塾通いをし、都心にある私立の小学校に入学している。受験勉強の他に、ピアノと英語も習っていた。お稽古ごとはすべて母親が送り迎えしていた。


 小学校時代は、大過なく過ごした。本人の話では、目が大きかったので、「デメ」とか「デメキン」と呼ばれていじめられたことがあったという。


 しかし母親の話では、学校の友達が家に遊びに来たり、逆に遊びに行ったりすることはよくみられ、深刻ないじめはなかった。成績は中位で目立つところはなく、サッカー部に入ったものの、運動は苦手だったため楽しめなかった。


 エスカレーター式に中学に進学したが、友達はあまりできなかった。本人は当時を回想し、「一人で孤独だから、死にたいという気持ちになった」というが、学校生活では特別な問題はみられず、成績は比較的上位であった。


 Nさんに精神的な変調がみられたのは、中学三年の二学期以降である。特にきっかけはなく、当時の流行曲である『春よ、来い』が一部だけ繰り返して思い浮かんだ。高校に進学してからは、さらにこの頻度が多くなり、頭の中で同じ曲が繰り返し連続して流れるようになった。


 自分で打ち消しても曲は鳴り止まず、次第に気持ちが不安定となることに加えて、集中力もなくなってくる。この音楽に関する症状は、「音楽幻聴」と呼ばれる幻聴の一種である。一般には、比較的高齢者に起こりやすい。


 本人の話では、この当時他の生徒から、ワイシャツに落書きされたり、ソースをつけられたり、あるいは机の上に置いたプリントをわざと落とされたりするというようないじめに繰り返しあったという。しかし、「いじめ」に関して事実関係は確認できず、現実の出来事ではなく、本人の被害妄想が始まっていた可能性が大きいと思われる。


 辛い気持ちが毎日続いたNさんは、死にたくなった。そのため、飛び降り自殺をしようとビルに上ったり、心臓麻痺になれば死ねると思い、多量の日本酒を飲んで冷たい水に浸かったりした。コードで自分の首を絞めようとしたこともあった。母親からみても元気がなかったが、自殺しようと考えていることまでは気がつかなかった。同じ時期、日中、自室にいるとき、家の中で女性の顔のようなものが見えるという幻視の症状も出現している(岩波明精神疾患角川ソフィア文庫、2018年、pp.123-125、2010年)。

精神疾患 (角川ソフィア文庫)

精神疾患 (角川ソフィア文庫)

 





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2021年8月13,15日に文章を一部修正しました。


*Nさんのこの事例は全6回でお送りします(今回はpart.2)。

  • part.1(短編NO.33)

  • Part.3(短編NO.35)

  • Part.4(短編NO.36)

  • Part.5(短編NO.37)

  • Part.6(短編NO.38)


*このシリーズ(全48短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

*1:岩波明精神疾患角川ソフィア文庫、2018年、p.122、2010年