(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.8(統合失調症理解#14)(2/7)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.28


◆テレパシーでの交信の仕方

 どんな内容だったか残念ながら忘れてしまったが、テレパシーで会話できるのはミックだけではなく、あらゆる人間と交信できることがわかった。交信を司る器官は頭の中だけではなく、手とか足とか背中とか各内蔵とか、すべての器官でできるのだ。中枢神経は頭の中にあるのだろうが、体中の各器官が色々な感覚を引き起こす形で行われたのである。個人との交信も団体との交信もできた。


 僕は体制を変革してよりよい世界を作ろうと思っているが、僕一人の力ではできない。そんな協力してくれないかと伝えると、皆、拍手や歓声で受け入れてくれた。受信は、手や足が震えたり背中がぞくぞくしたりするかたちで行われた


 多数の人と交信するに伴って、頭の中にある種のイメージ(映像)が現れた。幻視、幻覚かもしれない。断っておくが僕は覚醒剤、シンナーの類を一切やったことはない。だから穏当な表現をすれば、普段夢に見るイメージを覚醒していた時に見たのだ。(略)


 これは大変刺激的な体験で、僕はこれによって様々な懸案事項を解決していったが、やがて映像イメージの繰り返しは沈静化していった。手や足があまりにも激しく動くので肉体的に疲れてしまったし、もう残された問題は何もないと思ったのだ(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、pp.127-128、ただしゴシック化は引用者による)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 小林さんは言っていましたね。テレパシーでの交信は「体中の各器官が色々な感覚を引き起こす形で行われた」って。すなわち、「手や足が震えたり、背中がぞくぞくしたりするかたちで行われた」って。「僕は体制を変革してよりよい世界を作ろうと思っているが、僕一人の力ではできない。そんな協力してくれないかと伝えると(略)手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりするかたち」で、「拍手や歓声」がみんなから返ってきたんだ、って。


 日中、小林さんは、時の内閣に監視されていて、果ては殺されるかもしないと、逃げ惑っていましたね。そうして身を、恐怖に震わせ、緊張に強張らせて、興奮していましたね? 帰宅後もその動揺が覚めやらないでいるらしいのを前回、確かめもしましたね? なら、その夜、布団のなかで、政府に追いかけられる重圧と恐怖をヒシヒシと感じながら思い詰めているとき、小林さんの手足がはげしく震えたり、背中がぞくぞくしてきたりしたとしても何ら不思議はなかったのではないかと、みなさん思いません?


 小林さんは布団のなかで、いろんなひとや団体のことを思い浮かべながら、ちからを込めて強くこう願っていた。


「僕は体制を変革してよりよい世界を作ろうと思っているが、僕一人の力ではできない」。誰か「協力して」ほしい、って。


 すると、手足がはげしく震えたり、背中がぞくぞくしたりしてきた。


 ところが、そんなときに自分の手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしてくるなんて、小林さんにはまったく思いも寄らないことだったのかもしれませんね。


 いや、いっそ、そのことも裏返しにして、語弊があるかもしれませんけど、こう言い直してみましょうか。


 そのとき小林さんには、ほんとうなら自分の手足が震えたり背中がぞくぞくしたりしているはずはないという「自信」があったのではないか、って。


 で、その自信に合うよう、小林さんは、現実をこう解した。


 ほんとうなら手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしているはずはない。だとすると、現に手足が震えたり、背中がぞくぞくしたりしているのは何か特別な理由があってのことにちがいないな。あ、そうか、わかったぞ、これはテレパシーだ! 「よりよい世界をつくるための運動に協力してほしい」というボクの願いがみんなに伝わって、それにみんながこうした感覚で応えてくれているんだ! これはみんなの「拍手や歓声」なんだ! 


2020年9月29日に表現を一部変更しました。


ひとつまえの記事(1/7)はこちら。


前回の短編(短編NO.27)はこちら。


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