(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

統合失調症の「通りかかった男女が、あっちに行けば楽なのにね、とささやいた」「おかもちの中からとり出した割り箸には意味があるはずだった」を理解する(3/5)【統合失調症理解#14-vol.6】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.26


 ところで、まえのほうで俺、こう言っておきましたよね。小林さんは前日、時の内閣が自分のことを守ろうとしてくれていると本気で思い込んだ結果、時の内閣から監視されていると感じ考えることになったのではないか、って。


 実際どうでした? 小林さんが早稲田大学を訪れているこの日の記述をここまで追ってきて、小林さんがすでに時の内閣に監視されていると感じ考えているらしいことが確かめられませんでしたか。いま挙げた引用文にも、こうありましたよね。「誰かが僕の様子を遠くからカメラで撮影しているような気もした」とか「僕が真実を知ることを、他のみんなは待ち望んでいたのではないか」って。


 先の引用のつづきに戻りましょう。


◆男女が「あっちへ行けば楽なのにね」と囁く

 つい先ほど、小林さんがこう結論づけるのを確認しました。早稲田大学に来てから自分の身に「不自然」と思われて仕方のない出来事が立てつづけに降りかかってきたのは、「何者か」の仕業によるものにちがいない、って。で、小林さんはその「何者か」の悪意に怯えはじめることになったとのことでしたね。「僕をどこかしらへ導こうと壮大な芝居を演じている」んだ、って。いまから、小林さんがその「何者か」の悪意に怯える様子を本格的にみなさんと俺は目の当たりにすることになります。

 とにかく一つ所にはとどまっていられない心境になり、巾着袋を握りしめて、平穏な場所を求めてさまよい歩き出した


ゲームセンターには、当時ハマっていた「HANG−ON」があったが、これはワナだと思って見向きもせず、さかんに呼びたてる焼きとうもろこし屋  美夜ちゃんに似た可愛い子だったが  もワナで毒が塗ってあると思い込んだ。当然薬屋は毒薬だらけでとても入る気がしない。


通りかがった男女が
あっちへ行けば楽なのにねとささやきそれは大学構内を意味していたようだったが、誰の言葉も信じられず、僕はどんどん細い路地へ、なるべく人のいない所へ入っていった(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、p.117、ただしゴシック化は引用者による)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 小林さんが「何者か」の悪意をひしひしと感じているらしいことがいま、わかりませんでしたか。焼きとうもろこし屋はワナで、毒が塗ってあるとか、薬屋も毒だらけだとかと言っていましたよね。


 そしてそのように「何者か」の悪意に怯えるなか、ひょっとすると小林さんは心揺らいだのかもしれませんね。もういっそのこと逃げるのをやめて大学構内に戻り楽になろうか、って。


 だけど、小林さんからすると、自分がそこで、そんな弱気なことを考えたりするはずはなかったのではないでしょうか。つまり、少々語弊のある言い方になってしまうかもしれませんけど、そのとき小林さんには、自分が気弱なことを考えているはずはないという自信があったのではないでしょうか。


 現に小林さんは気弱なことを考えた(現実)。しかしその小林さんには、自分が気弱なことを考えているはずはないという「自信」があった。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、やはり、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  • A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
  • B.その背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、ここでも小林さんは、後者Bの「現実のほうを修正する」手をとった。すなわち、自分が気弱なことを考えているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解した。


「あっち(大学構内)へ行けば楽なのにね」と誰かがボクに囁いてきた、って。


 では、誰がそう囁いてきたのか。ちょうどそのとき、ひと組の男女が小林さんの近くを通りかかっていた。そこで小林さんは、その男女がそう囁いてきたのだととった、ということなのかもしれませんね。


 箇条書きにしてまとめてみますよ。

  • ①「あっちに行けば楽になれる」と気弱なことを考えた(現実)。
  • ②自分が気弱なことを考えているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「誰かがボクに、あっちに行けば楽なのにね、と囁いてきた」(現実を自分に都合良く解釈する





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2021年10月1日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/5)はこちら。


*前回の短編(短編NO.25)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。