*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.26
◆ふたつ目の案
もしくは、こういうことだったかもしれませんね。
小林さんは、「世界は僕のためにある」ということの恐ろしい真の意味をついに理解したと思ったとき、ふとある場面を想像した。それは、遠くから自分のことを見守ってくれている仲間(友人ミック)が、謎を解き明かした小林さんのことを「やった!」と叫んで喜んでくれている場面だった(現実)。
ところが、小林さんからすると、深刻な状況下にいる自分が、そんな喜びに湧いた明るい場面を想像したりするはずはなかった。いや、いっそ、小林さんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみることにしましょうか。そのとき小林さんには自信があったんだ、って。自分がそんな明るい場面を想像しているはずはないという自信が、って。
小林さんはそのとき、遠くから見守ってくれているミックが「やった!」と叫んで喜んでくれている場面を想像した(現実)。だけど、その小林さんには、自分がそんな明るい場面を想像しているはずはないという「自信」があった。このように「現実」と「自信」とが背反するに至ったとき、先にも書きましたように、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。
-
A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
-
B.その背反を解消するために、「現実」のほうを、「自信」に合うよう修正する。
で、そこでも小林さんは、後者Bの「現実のほうを修正する」手をとった。すなわち、自分がそんな明るい場面を想像しているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解した。
ミックの「やった!」という叫び声が不意にボクの耳に入ってきた、って。
このふたつ目の推測も箇条書きにしてまとめてみますよ。
- ①ついに謎を解明したことを、遠くから見守ってくれている友人ミックが「やった!」と叫んで喜んでくれている場面を想像した(現実)。
- ②自分がそんな明るい場面を想像しているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
- ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「ミックの『やった!』という叫び声が不意にボクの耳に入ってきた」(現実を自分に都合良く解釈する)
2021年10月1,2日に文章を一部修正しました。
*前回の短編(短編NO.25)はこちら。
*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。