*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.24
◆目に涙をいっぱいためてこちらを見ている女性
さて、つぎの場面に進むまえに、ここで、その3人組のなかの女子学生にちょっと話を戻してみましょうか。小林さんが3人に喋りかけているあいだ、「女の子は僕の方を見て目にいっぱい涙をためていた」とのことでしたよね。小林さんは「それを見て世の中にこんな可愛い女性がいるのかと息を呑んだ」とのことでしたけど、それについては最初に俺、こう言いました。その若い女性はびっくりして目に涙をためていたのかもしれませんね、って。
みなさんなら、どう思います? 自分が話しているあいだ、若い女性が目に涙をいっぱいためてこちらを見ていたら?
自分はいま何かおかしなことを言っているのではないかと自分のことを疑いません? この女性をびっくりさせるようなこと、傷つけるとか、怖がらせるとか、悲しませるとかするようなことを、自分はいま何か言ってしまっているのではないかと疑って、アタフタしません?
けど、ここで小林さんは、その女性が目に涙をいっぱい浮かべているのを見ても、「世の中にこんな可愛い女性がいるのかと息を呑んだ」と言っているだけでしたね。
小林さんからすると、その場面でその女性が、小林さんの言うことにびっくりしたりするはずはなかったのかもしれませんね。つまり、こう言い換えると、少々語弊があるかもしれませんけど、そのとき小林さんには、自分に自信があったのかもしれませんね。その女性をびっくりさせるようなことを言っているはずはないという自信が。
そうした自信が揺るぎなくあればこそ、小林さんは、目に涙をいっぱいためながら女性が小林さんのほうを見ていても、安心して、「世の中にこんな可愛い女性がいるのかと息を呑」むだけでいられた、ということなのかもしれませんね。
いまの推測についても箇条書きにしてまとめてみるとこうなります。
- ①女性が目に涙をいっぱいためながらこちらを見ている(現実)。
- ②その女性をびっくりさせるようなことを言っているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
- ③「世の中にこんな可愛い女性がいるのかと息を呑」むだけで済ませられる(自分に都合の悪いことに気づかない)。
2021年9月25,26,27日に文章を一部修正しました。
*今回の最初の記事(1/5)はこちら。
*前回の短編(短編NO.23)はこちら。
*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。