*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.24
◆大学生3人組と会話する
立てつづけに可愛い女性に出会ったことや、やけに車が接近してきたことに「不自然さ」を覚えつつ、光が丘公園にやって来た小林さんは、そこで用を済ませたあと、その日の最終目的地、早稲田大学へ向かいます。
そして早稲田大学に着くと、最初に生協に行き、そこを出てしばらくブラブラしてから、
ジュース片手に学生会館に行き、「卓球同好会」という看板がぶら下がっている所に三人の男女(男二人、女一人)がたむろっているのを見つけ、話しかけた。
プラスパズル〔引用者注:おもちゃの名前〕を見せると、男の一人が「見たことがある」と言った。僕は「商学部のOBです」と言って亜細亜堂〔引用者注:小林さんが当時勤めていたアニメーション会社の名前〕の名刺を三人に渡した。
「好きなアニメは?」と聞くと、一人が「『巨人の星』とか」と答えた。男は二人とも男前で、女の子はこれまた僕好みの大変可愛らしい顔をしており、三人とも真面目そうで、好感が持てた。僕はなぜか、女の子はわからなかったが、男二人は田中角栄と竹下登の分身ではないかと思ってしまった。男が『巨人の星』と言った時に、誰かが笑う声がしたのだ。最初の幻聴だったのかもしれない。
もう一人の男が「自分も商学部だ」と言うので、僕は彼に、
とかアドバイスした。他にも何か喋ったが、その間、女の子は僕の方を見て目にいっぱい涙をためていた。僕はそれを見て世の中にこんな可愛い女性がいるのかと息を呑んだ。
学生会館を出て、「早ア」のたまり場であった一四号館ラウンジへ行く(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、pp.108-109、ただしゴシック化は引用者による)。
その若い女性はびっくりして目に涙をためていたのかもしれませんね。いっぽう、男性ふたりはどうでした? 「好きなアニメは何か」と小林さんが質問したのにたいし、そのうちのひとりが「『巨人の星』とか」と答えたとのことでしたね。そのとき、「誰かが笑う声がした」と小林さんは言っていました。
でもそれは誰の笑い声だったのでしょう?
たしかなことはわかりませんけど、ひょっとするとそれは、小林さんが胸のうちで立てた笑い声だったのかもしれませんね。
男子学生が「『巨人の星』とか」と答えたのを聞き、小林さんは内心、「ださっ」と思って失笑したのかもしれませんね(もちろん、そうではないかもしれませんよ。これはあくまでも俺の単なる憶測にすぎません。けど、みなさんのなかにも、大学生が「巨人の星」だなんてと思うひと、いるのではありませんか?)。
だけど、そう答えた男子学生も真面目そうで、小林さんには好感がもてた。小林さんからすると、好感のもてるその男子大学生のことを、その場面で、自分が笑ったりするはずはなかったのかもしれませんね。いや、いっそ、小林さんのその見立てを、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみることにしましょうか。そのとき小林さんには自信があったんだ、って。自分が好感のもてるその男子大学生のことを笑っているはずはないという自信が、って。
で、その自信に合うよう、小林さんは、現実をこう解した。
誰かが笑っている、って。
しかし学生3人組は笑い声を立ててはいない。そこで小林さんはとっさにこう思いついた。
その学生3人組のうち「男二人は田中角栄と竹下登の分身ではないか」。笑い声は、その本体が立てたのではないか、って。
2021年9月25,26,27日に文章を一部修正しました。
*前回の短編(短編NO.23)はこちら。
*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。
