(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「メッセージを受けとる」「世界は僕のためにある」「テレパシーで交信した」を理解するvol.1(統合失調症理解#14)(4/5)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.21


◆野坂、衆院選で新潟3区から出馬する(出来事2)

 さて、今度は、もういっぽうの出来事を見ていきますね。野坂昭如衆院選で新潟3区から田中角栄対立候補として出馬したということでしたよね。


 小林さんはその件についてこう書いていました。野坂本当は田中角栄が好きで、角栄とその陣営を鼓舞するために自分を捨て駒にしたのではないか」って。


 野坂が田中角栄対立候補として出馬した。だけど、野坂と田中角栄、その両方のファンである小林さんには、野坂が田中角栄に不利益を与えようとするなんて、まったく「思いも寄らないこと」だったのではないでしょうか。小林さんの「予想」からすると、野坂が田中角栄に不利益を与えようとしているはずはなかった、のではないでしょうか。


 いや、そのことを、いっそ、ここでも、誤解を招くことを非常に怖れながらも、こう表現してしまいましょうか。そのとき小林さんには自信があったんだ、って。野坂が田中角栄に不利益を与えようとしているはずはないという自信が、って。


 で、小林さんは、その自信に合うよう、現実をこう解した。


 野坂はほんとうは田中角栄が好きで、自分自身を捨て駒にしてまで、角栄とその陣営を鼓舞しようとしているのではないか、って。


 いまこう推測しましたよ。


 野坂が田中角栄対立候補として新潟3区から出馬した(現実)。しかし小林さんには、野坂が田中角栄に不利益を与えようとしているはずはないという「自信」があった。そのように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手はやはり、先ほど挙げたつぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  • A.「現実」に合うよう、「自信」のほうを修正する。
  • B.「自信」に合うよう、「現実」のほうを修正する。


 では、もしそこで、小林さんが前者Aの「現実に合うよう、自信のほうを修正する」手をとっていたら、どうなっていたか、ここでも想像してみましょうか。もしとっていたら、小林さんは「自信」をこんなふうに改めることになっていたかもしれないと、みなさん思いません?


 野坂は、田中角栄を落とそうとしているんだな。そうか、ひょっとすると、田中角栄のことが好きではないのかもしれないな。もしそうなら、残念だな、って。


 でも、小林さんが実際にとったのはそこでも後者Bの「自信に合うよう、現実のほうを修正する」手だった。野坂が田中角栄に不利益を与えようとしているはずはないとするその自信に合うよう、小林さんは現実をこう解した。


 野坂はほんとうは田中角栄が好きで、自分自身を捨て駒にしてまで、角栄とその陣営を鼓舞しようとしているのではないか。


 いまの推測も箇条書きにしてまとめてみますよ。

  • ①野坂が田中角栄対立候補として新潟3区から出馬した(現実)。
  • ②野坂が田中角栄に不利益を与えようとしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「野坂はほんとうは田中角栄が好きで、自分自身を捨て駒にしてまで、角栄とその陣営を鼓舞しようとしているのではないか」(現実修正解釈/現実を自分に都合良く解釈する


 小林さんは、このふたつ目の出来事でも、「現実修正解釈」をしたのではないか、すなわち、「現実を自分に都合良く解釈」したのではないか、というわけですよ。現に小林さんはさっきの引用文のなかで暗にこう認めていましたよね。「これが一番都合がいい解釈だった」って。


 ところが、このふたつ目の出来事でも、小林さんには「現実を自分に都合良く解釈している」という自覚はなかった(箇条書き②の自信が、現実に背反していることに気づかなかった)。で、そんな小林さんにはむしろ「真実が不意に見えてきた」のだと思われた。つまり、「メッセージを受けとった」ように感じられた、ということなのではないでしょうか。


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