(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

統合失調症の「殺し屋に狙われているという幻覚(幽霊論)」を理解する(5/6)【統合失調症理解#12-part.2,13】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.20


◆牛の怪物に襲われる幻覚

 以上、ここまで、(精神)医学が幻覚と呼ぶハウス加賀谷さんの体験を、幽霊論として見てきました。けど、せっかくですし、お別れするまえに、これとよく似た、もうひとつ別の事例を、ここで、ついでに見ておくことにしても構いません?

 共同住宅の二階に住んでいた●●さんは〔引用者注:当該書には名前が出ていますが、ここでは伏せさせてもらいます〕、夜中トイレに行くのが面倒で、誰にも見られないようにいつもこっそりと窓から放尿していた。ある日の晩、いままで嗅いだことがないくらいのにおいが部屋にたちこめたと思うと、窓際に突然緑色と茶色のぶちの牛があらわれ、噛みつかれそうになったのだ。彼は「殺されると思った」と言う(『べてるの家の「非」の援助論』医学書院、2002年、p.98)。


 ●●さんはいつも夜中、窓から放尿していたとのことでしたね。するとある日の晩、「いままで嗅いだことがないくらいのにおいが部屋にたちこめた」。それは、牛舎なんかに行くとするアンモニア臭がもっと強烈になったような匂いだったのかもしれませんね。それが不意に窓辺から漂ってきた。


 ところが●●さんは、夜な夜な自分が窓からしている尿の臭いだとは気づかなかった。で、とっさに「牛の怪物の匂いではないか?!」と心配になったのかもしれませんね? そしてビクビクしながら急いで窓際に目をやるとそこに「緑色と茶色のぶちの牛が見えた気がしていまにも襲いかかられそうと感じた、ということなのかもしれませんね。


 でも、それも錯覚にすぎなかったのではないかと思いません? 何かの影を怪物と見誤ったとか、自分で勝手にそんな怪物の姿をそこに思い描いてしまったとかしただけなのではないか、って?


 だけど●●さんからすると、自分がその場面で、錯覚したりするはずはなかった。いや、いっそ、●●さんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみることにしましょうか。そのとき●●さんには、自信があったんだ、って。自分が錯覚しているはずはないという自信が、って。


 で、そんな自信があった●●さんには、ほんとうに窓際に「緑色と茶色のぶちの牛」が突然あらわれ、襲いかかってきたのだと確信された、といったところかもしれませんね。


 いまの推測を箇条書きにしてみるとこうなります。

  • ①窓辺から、牛舎に行くとするアンモニア臭のもっと強烈になったような匂いがしてくる。とっさに「牛の怪物の匂いではないか?!」と心配になって窓際に目をやると、そこに「緑色と茶色のぶちの牛」が見えたような気がして、いまにも襲いかかられそうと感じる(錯覚)。
  • ②錯覚しているはずはないという自信がある。
  • ③そんな自信がある●●さんには、ほんとうに「緑色と茶色のぶちの牛」が窓際にあらわれ、襲いかかってきたのだと確信される(錯覚を現実と取り違う)。





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2021年9月15,16,17日および2023年11月3日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/6)はこちら。


*前回の短編(短編NO.19)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。