*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.19
中学2年生の夏、授業中に先生が、加賀谷少年のうしろに座っている女子生徒を注意したとのことでしたよね。加賀谷少年は即座にうしろをふり返った。すると、その女子生徒が下じきで仏頂面を扇いでいるのが目に入った。その瞬間、少年はこう思い込んだとのことでしたね。
「僕が臭いから、○○子さんは下敷きで扇ぎ、においを飛ばしているんだ。僕のにおいで嫌な思いをしているんだ」って。
で、どうなったか。
みなさん、どうなったと思います?
そんなふうに自分のことを臭いと思い込むと、おのずと、他の生徒たちにもおなじように臭い匂いで嫌な思いをさせているのではないかと心配することになると思いませんか。
実にこのとき加賀谷少年は、他の級友たちにも臭い匂いで嫌な思いをさせ、恨まれているのではないかと、ひどく心配になったのではないでしょうか。
「カガヤ、臭いよ」「なんだよこのにおい、くっせーな」「カガチン、マジ臭いよ〜」と思われているのではないかと心配になったのではないでしょうか。
だけど、加賀谷少年からすると、自分がその場面で、そんな心配をしたりするはずはなかった。いや、いっそ、加賀谷少年のその見立てを、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみることにしましょうか。加賀谷少年にはそのとき、そんな心配をしているはずはないという自信があったんだ、って。
真うしろに座っている女子生徒が下じきでその仏頂面を扇いでいるのを見て、ボクから臭い匂いがしているんだと思い込んだ加賀谷少年は、他の級友たちにも臭い匂いで嫌な思いをさせ、恨まれているのではないかとひどく心配になった。でも、いま言いましたように、少年には、そんな心配をしているはずはないという自信があった。で、その自信に合うよう、少年は現実をこう解した。
クラスメイトの「カガヤ臭い」となじる声が、急に次々と聞こえてきた、って。
そして少年は首を傾げた。
「どうしたんだろう急に。みんなで僕をからかっているのか、いたずらか? トラブルなんてなかったし、いじめなんてするはずがない」のに、って。
ところが、仲の良い友達からも「カガヤはマジで臭いんだよ」という声が聞こえてきたと思われたとき、とっさにその友達のほうをふり向いてみると、不思議なことに、その「友達は、普段通りに授業を受けていた。先生が黒板に書いた内容を、ノートに書き写していた。言葉を発した気配はみじんもなかった。間違いなく、友達の声だったというのに」ということでしたね。
で、それ以後、
学校の教室だけでなく、廊下や体育館、通学のバスや電車、エレベーターなど、ある程度密閉された空間では、常に「カガヤ臭い」と、中傷する声が聞こえてきた。
「僕が臭いせいで、みんなが迷惑をしているんだ」
明るかった加賀谷は、しだいに暗くなり、周囲から孤立していった。
とのことでしたね。加賀谷少年は、廊下、体育館、バス、電車、エレベーター等のなかでも、ひとに臭い匂いで嫌な思いをさせ、恨まれているのではないかとひどく心配するようになったのかもしれませんね。
だけどそのいっぽうで加賀谷少年には相変わらず、自信があったのではないでしょうか。そんな心配をしているはずはないという自信が。で、その自信に合うよう、少年は現実をこう解しつづけた。
「カガヤ臭い」とボクを責める声が、至る所で聞こえてくる、って。
2020年9月30日に表現を一部修正しました。また2021年9月13,15日に文章を一部修正しました。
*今回の最初の記事(1/7)はこちら。
*前回の短編(短編NO.18)はこちら。
*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。