*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.13
では、いまから、Cさんが報告してくれる場面を7つに分け、part.1、part.2、part.3の3短編を通して見ていくことにしますよ。
今回(part.1)は、つぎのひとつ目の場面だけを見ます。
C〔引用者注:ここでは氏名は伏せさせてもらうことにします〕の自己病名は、「統合失調症・体感幻覚暴走型」である。本稿の表題にもあるように、体中を暴走する体感幻覚は「もう誰にも止められない!」というのが実感である。
Cが浦河に最初に訪れたのは、二〇〇〇年の三月だった。精神科への入退院と家の中で暴れることを繰り返す生活に、とことん行きづまっていた。不安はあったが親の勧めで浦河行きを決め、二〇〇二年一〇月からは親と離れて浦河で暮らすようになった。(略)
Cは長いあいだ、暴走する体感幻覚に引きずりまわされてきたが、最近少しずつその判別ができるようになり、起きる出来事に前よりは冷静に対処できるようになってきた。そこで、当事者研究に挑戦してみようということになった。(略)
研究の目的は、ずばり、長いあいだCを苦しめてきた暴走型の体験(原文ママ)幻覚と幻聴を解明し、それらとの「つきあい方」を編み出すことである。(略)
この研究で最初におこなったのは「体感幻覚のボディマップ」の作成である。身体に起きる違和感を、爆発ミーティングの仲間やスタッフと一緒に洗い出す作業から始まった。その結果できあがったのが、一一四頁の[★1]〔引用者注:割愛します。各位、本を買って確認してみてくださいね〕である。
Cの頭から足先まで、全身に不気味な出来事が起きる。その不気味な出来事に、彼をからかう幻聴さんが混ざり合って、混乱が始まる。Cは当然のように、「この身体の変調も誰かの仕業にちがいない」という気持ちになってしまう。
Cが、こんな多彩な症状を話すと、みんなは心底驚いた。「Cくん、こんな症状を抱えて、いままでよくやってきたね」と。そして、いままでのつらさをねぎらう言葉が相次いだ。
Cの身体に異変が生じたのは、一九九五年、中学二年生で一四歳のときだった。そのころはすでに不登校も始まっていた。人の話し声がやけに気になりはじめ、自分しか知らないことをみんなが知っていることに不安を感じていた。そして、人の話していることはみな、自分を悪く言っているような気がした。
だから学校へはだんだんと行けなくなった。親にはとにかく学校に行けと言われたが、無理をして学校へ行っても、けっきょく一時間ぐらいで帰ることもめずらしくなかった。なんとか学校へ行っても、幻聴さんが同級生の声で「早く死んじゃえばいいのに」と意地悪なことを言ってきたからだ。
家族にも「言いたいことがあったら面と向かって言え!」と怒鳴ることが多くなっていた。担任の先生が家庭訪問にも来てくれたが、Cは昼間から寝たきり状態だった。
夜になると近所から自分の悪口が聞こえたので、そのころ聞きはじめたポップス音楽をガンガンかけた。家族も眠るどころではない。当然のように、親は二階に上がってきて「夜だから寝ろ!」と言ったが、そのころから反抗が始まった。部屋の壁にパンチを浴びせるようになった。苦しくなると壁を叩いて気をまぎらわした。(略)
あらゆる手を尽くした末に浦河にたどり着き、家族と離れてひとり暮らしに挑戦したのが二〇〇二年の一〇月だった(『浦河べてるの家の「当事者研究」』医学書院、2005年、pp.110-115、ただしゴシック化は引用者による)。
ここまで、みなさんはCさんのことをどのように思い描きましたか。
俺はこんなふうに思い描きましたよ。
◆自分しか知らないことをみんなが知っている
こう書いてありましたね。「Cの身体に異変が生じたのは、一九九五年、中学二年生で一四歳のときだった。そのころはすでに不登校も始まっていた。人の話し声がやけに気になりはじめ、自分しか知らないことをみんなが知っていることに不安を感じていた。そして、人の話していることはみな、自分を悪く言っているような気がした」って。
これはいったいどういうことだったのでしょうね。
たとえばみなさんがいま中学生で、あるとき、芳しくない点数をテストでとったと仮定してみましょうか。で、同級生たちに劣等感を覚えるようになったと想像してみましょうか。
でも、みなさんには自信があったと想定してみてくださいよ。自分が同級生たちに劣等感を覚えているはずはないといった自信が。で、その自信に合うよう、みなさんは現実をこう解した。
同級生たちが「オレはおまえみたいに頭は悪くないよ」という声をしきりにかけてきて、僕を見下す、って。
だけど、みなさんのテストの点数が悪かったことは、同級生たちの知るはずのないところでした。そこでみなさんは不安に思うわけです。同級生たちが、僕しか知らないはずのこと(テストの点数が悪かったこと)をなぜか知っているのか、って。
いまこういう仮定の場面をみなさんに想像してもらいましたね。みなさんはあるときテストで芳しくない点数をとって、同級生たちに劣等感を覚えるようになった(現実)。しかしその反面、みなさんには、自分が同級生たちに劣等感を覚えているはずはないといった「自信」があった。そのように「現実」と「自信」とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。
- A.現実に合うよう、自信のほうを修正する。
- B.自信に合うよう、現実のほうを修正する。
で、みなさんは後者Bの「自信に合うよう、現実のほうを修正する」手をとった。自分が同級生たちに劣等感を覚えているはずはないといった自信に合うよう、現実をこう解した。
同級生たちが「オレはおまえみたいに頭は悪くないよ」という声をしきりにかけてきて、僕を見下す、って。
その結果、みなさんは、自分のテストの点数が悪かったことをどうして同級生たちは知っているのだろうと不安を感じることになった、ということでしたね。
いま想像してもらった場面をくどいですが、箇条書きでまとめるとこうなります。
- ①テストの点数が芳しくなく、同級生たちに劣等感を覚えるようになった(現実)。
- ②自分が同級生たちに劣等感を覚えているはずはないといった自信がある(現実と背反している自信)。
- ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「同級生たちが『オレはおまえみたいに頭は悪くないよ』という声をしきりにかけてきて、僕を見下す」(現実修正解釈)
Cさんは中学生二年生のころ、「人の話し声がやけに気になりはじめ、自分しか知らないことをみんなが知っていることに不安を感じていた」とのことでしたけど、ひょっとするとCさんにも、いまみなさんに想定してもらったようなことが起こっていたのかもしれませんね。
では、その後、Cさんはどうなったか。こう書いてありましたね。立てつづけに3件見ていきますよ。
前回の短編(短編NO.12)はこちら。
このシリーズ(全26短編を予定)の記事一覧はこちら。