(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

統合失調症の「わたしはエスパーだ」「頭のなかを監視されている」を理解する(統合失調症理解#3)(1/10)

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.10

目次
・当事者Aさんが語る5つの場面
・場面1
・場面2‐Ⅰ
・場面2‐Ⅱ
・場面2‐Ⅲ
・場面3
・場面4
・場面5
・すべての場面で起こっていたことは何か
・(精神)医学は統合失調症である


◆当事者Aさんが語る5つの場面


 この世に異常なひとはただのひとりも存在し得ないということを以前、論理的に証明しましたよね。


(参考:そのときの記事を一応挙げておきますよ。)


 そしてそれは、この世に「理解不可能なひとはただのひとりも存在し得ないということを意味するとのことでしたよね。


(参考:その確認をしたときの記事はこちら。)


 だけど、医学は一部のひとたちを不当にも異常と判定し、「理解不可能」と決めつけてきました。


 たとえば、あるひとたちのことを統合失調症と診断し、つぎのように、やれ「永久に解くことのできぬ謎」だ、「了解不能」だと喧伝してきましたよね?

かつてクルト・コレは、精神分裂病〔引用者注:当時、統合失調症はそう呼ばれていました〕を「デルフォイの神託」にたとえた。私にとっても、分裂病人間の知恵をもってしては永久に解くことのできぬ謎であるような気がする。(略)私たちが生を生として肯定する立場を捨てることができない以上、私たちは分裂病という事態「異常」で悲しむべきこととみなす「正常人」の立場をも捨てられないのではないだろうか(木村敏『異常の構造』講談社現代新書、1973年、p.182、ただしゴシック化は引用者による)

異常の構造 (講談社現代新書)

異常の構造 (講談社現代新書)

 

 

 専門家であっても、彼らの体験を共有することは、しばしば困難である。ただ「了解不能」で済ませてしまうこともある。いや、「了解不能であることがこの病気の特質だとされてきたのである。何という悲劇だろう(岡田尊司統合失調症 その新たなる真実』PHP新書、2010年、p.30、ゴシック化は引用者による)。

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

 


 今回も、このように「理解不可能」と決めつけられてきたひとたちのなかから実際にひとり登場してもらいそのひとがほんとうは「理解可能」であることを実地に確認していきますね。


 今回は、浦河べてるの家べてるの家の「非」援助論』(医学書院、2002年)のp.110を開けてみますよ。その本では、統合失調症と診断された当事者の方々が、みなさんや俺にもよくわかるように、自分のことを、自分の言葉で、懇切丁寧に説明してくれています。以下そのなかから、Aさん(著書にはお名前が出ていますが、ここではAさんと表記させてもらうことにします)が語って聞かせてくれる話に、耳を傾けてみますね。

 私にとって明らかな病気のはじまりは、大手スーパーの新入社員として入社して間もないときでした。


 入社した当初は、研修などで同期の仲間どうしで話すことが多く、先輩と仲良くなる前に男の子と話す機会のほうが多くありました。すると突然社内で「Aさん〔引用者注:先にも書きましたように、こう表記を改めさせてもらいますね〕は誰々とつきあっている」という噂がはじまりました。


 うわさはどんどんエスカレートして、ついには「男好き」とか「次から次へと男にちょっかい出して、あの新しく入った新入社員の女は何!?」などと言われはじめるようになりました。


 私は自分では何もできず「そんなことないのに」と、毎日家に帰って泣いてばかりいました。私は、ただ一所懸命働きたいだけなのにと思って、「負けるもんか」「負けるもんか」と必死になって会社に行っていました。


 そんなある日、朝礼で、突然、私の考えていることが相手に伝わり、言い当てられるという出来事が起こりました。とにかく驚きでいっぱいでした。


 その後、私の考えていることがみんなに言い当たられるようになり「Aさんはエスパーだ」と言われるようになりました。三〇〇人の従業員全員に私の自分の考えが一挙に伝わり、エスパーだという噂が広がっていきました。


 いつしか、私をいじめていた人たちが幻聴としてあらわれ、一日中私についてくるようになりました。私がどこに行こうとも、私の考えていることが相手に伝わります。繰り返し笑われたり、トイレに入っても「ねー、あれ見た? 見た?」と売り場の人たちから噂されます。


 居たたまれなくなり「この人たちから逃げたい」と思いましたが、今度は家に帰った後もその人たちが家のなかをのぞき、部屋の様子や家族のことを噂するのです。


 どこに行っても、寝ているとき以外はつねに頭の中を監視され、息さえも自由に吸えない状況にまで追い込まれていきました。私はさんざん悩んだあげく「早くこの人たちに幸せになってほしい」「私をいじめることに夢中になっていないで幸せになって」と祈りました。


「このテレパシーさえなければ、自分は社会人としてやっていけるはずなのに……」


 すべてテレパシーのせいだとしか考えられなくなった私は、必死で負けまいとがんばりました。しかし、どこまでいっても幻聴(テレパシー)につきまとわれます。


 あるとき、私自身がいちばん見せたくない弱い自分までも見られたとき、とうとう強がりきれず、突っぱねられなくなってしまいました。もう、これ以上がんばれない。どこにも自分の弱みをさらけ出せなくなったとき、限界がきました。(略)


 いわゆる病気の症状としての被害妄想は、いまでも全然変わっていないし、治ってもいません。いまでも、買い物に行ってもひそひそと噂されます。食堂に入っても「あいつ、よく来れるな」という言葉が聞こえます(同書pp.110-120)。


 みなさんはどのようにこのAさんのことを思い描きましたか。俺はつぎのようなAさん像を思い描きながらこの文章を読みましたよ。いまから場面を5つに分けて見ていきますね。


前回の短編(短編NO.9)はこちら。


このシリーズ(全26短編を予定)の記事一覧はこちら。