(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

出来事を一点のせいにするのは医学だけ、物理学も化学もそんなことはしないと確認する(2/4)

医学は喩えると、空気の読めないガサツなおじさん第7回

1/4からのつづき

◆◆物理学・化学は出来事を一点のせいにしたりしない

 現におなじ科学でも物理学や化学は出来事を一点のせいにしたりなんかしませんよね? 物理学や化学に出来事を一点のせいにできると教えられた記憶なんかありませんよ(といっても、大学入試用の物理学や化学に触れた程度ですけどね)。むしろ逆に、出来事は一点のせいにできるような単純なものではないと教えられた気すらしてるくらいですよ。


 いまから極めて大雑把にですけどそのことをちょっと確かめてみますね


 状況・最小単位説を最初に見ましたよね。大木であれ、俺の身体であれ、他人の脳であれ、俺の過去体験記憶像であれ、何であれ、それを捉えるというのは「状況を捉える」ということなんだって確認しましたよね?


 そのとき俺、何から話しはじめましたっけ? いまみなさんと俺が目のまえに見ている大木(大木、まだあんなところにあるな……)、「他のものと共に在るにあたってどのようにあるかという問いに逐一答えるってことを確認するところからはじめたんじゃなかったでしたっけ?


(みなさんと俺が歩み寄っている大木)


 実のところ、科学が大木を現実どおりそうしたものと認めることは……ありません。科学は大木をいきなり、無応答で在るもの(客観的なもの)と決めつけます。


 ほら、いま俺の前方数百メートルのところに大木、あるじゃないですか。俺が歩みよるにつれ、その姿を刻一刻と大きく、かつ、くっきりさせていきますよね。太陽が雲間にかくれれば、その姿を黒っぽくし、太陽が雲間からまた顔を覗かせれば、姿を黄色っぽくしますよね。だけど科学は大木を俺が近寄っていっても反対に遠ざかっていっても目をつむっても開けても飛び跳ねても背を向けてもサングラスをかけてもまた太陽が雲間に隠れたり雲間からふたたび顔を出したりしても終始無応答で何ら変わることはないって、事のはじめに勝手に決めつけちゃいます。


 科学はこんなふうにいきなり存在を別もの存在もどきとよぶことにしますね)にすり替えちゃいます。存在はほんとうは、「他のものと共に在るにあたってどのようにあるか」という問いに逐一答えるものじゃないですか。なのに存在を、「無応答で在るもの」であることにしちゃいます。


 でも、存在を「無応答で在るもの」と決めつけるってどういうことですかね? 存在同士を、互いに無応答とすることじゃないですか、ね? それって、存在同士を互いに無関係であることにしちゃうってことですよ、ね?


 存在同士を互いに無関係と考えるなんてこと、どだい無理に決まっているじゃないですか。


 そこで科学はいったん互いに無関係であることにした存在同士を再度つなぎ直すことになります


今回は記事を(1/4)、(2/4)、(3/4)、(4/4)の4つに分けてお送りしています。

  • ひとつまえの記事(1/4)はこちら。


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