(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

医学の根本原理が、人種差別に用いられる論理であることを確認する《3/3》

*医学は喩えると、空気の読めないガサツなおじさん第6回

2/3からのつづき

◆医学の根本原理は排外主義の論理

 だけどすべてを一点におっかぶせその一点をとり除きさえすればいいとする(前記②)ってのは排外主義の論理なんじゃないですかね


 だってそうじゃないですか。


 いま世界の富の80%は、世界人口のたった1%である富裕層のものになっているとよく言われますよね? なのにアメリカの一部のひとたちが、自分たちの生活が苦しいのを国内の移民一点のせいにし、移民さえいなくなりぁ暮らし向きがよくなると言わんばかりに、「この国から出てけ!」と声を張り上げているって聞くじゃないですか(俺の聞き違いですかね?)。


 誰かが罪を犯すと、そのひとが何々人(人種もしくは民族)であるからだとする人間もいまだにたくさんいますよね。あれも出来事を一点のせいにしていますね。その誰かが罪を犯したという出来事すべてを、そのひとの何々人であるという一点におっかぶせ、何々人を排除しさえすればいいとばかりに、国外に放り出せって口の端にツバ溜めてワメキますよね。そうすりゃ、社会が良くなるって。


 排外主義の論理って一部のひとたちにすべてをおっかぶせそのひとたちを社会からとり除きさえすればいいってする考え方じゃないですかこれって出来事を一点のせいにするってことですよね


 たとえば、免疫学ってどうですかね。排外主義の響きがするとみなさん、思いません? いや、思いますよね? みなさん、実はこれまでずっとそのことを密かに気にしていて、免疫学の知見を口にしようとするたび、内心、ためらいを覚えてきたんじゃないですか、ね?


 免疫学はかつて、苦しんでいるひとの身体のなかにウィルスもくしは細菌を見つけるやいきなり、そのひとが苦しんでいるのを、ウィルスもしくは細菌一点のせいにした。アメリカの一部のひとたちが、移民にすべてをおっかぶせ、「出てけ!」と叫ぶように、免疫学はすべてをウィルスや細菌におっかぶせ身体のなかから一掃しさえすればいいとした。そうして、外来のものは敵、内在のものは味方とする定式を作った。で、身体のなかには、外来のものを敵と認識し、撃退する免疫機構なる排外主義的自警団があるはずだと考えた。


 まさにこれこそ排外主義の論理と言わずして何と言うか、じゃないですか? 食べることひとつとったって、身体の外からやってくるものを一概に敵と決めつけるわけにはいかないってことになるんじゃないのかなと俺、思いますけど。それに最近、腸内細菌がどうのこうのって言うじゃないですか。あれなんか、身体の外から来るものを敵と決めつける免疫学の基礎があやまりであることを端的に示しているんじゃないのかなあと思ったりもしますけど、実際どうなんですかね?


 医学は、ひとの身になろうとする代わりに、身体に起こる出来事を一点のせいにするってことでしたね。で、その、身体に起こる出来事を一点のせいにするっていうのは

  • 出来事が好ましい場合には、すべてをその一点のおかげとし、その一点を過大評価すること、
  • 出来事が好ましくない場合には、すべてをその一点におっかぶせ、その一点をとり除きさえすればいいとすること(排外主義の論理)、


 であるとのことでしたね。


今回は記事を《1/3》《2/3》《3/3》の3つに分けてお送りしました。

  • ひとつまえの記事(2/3)はこちら。

  • 今回の《1/3》はこちら。


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