(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

状況を捉えるとは状況把握をすることであると確認する(1/3)

*医学は喩えると、空気の読めないガサツなおじさん第4回

目次
・「状況を捉える」とは状況把握をするということ
・状況把握をするとは


◆「状況を捉える」とは状況把握をするということ

 みなさんと交わした約束をいまさっきひとつ果たしましたね


 最初にみなさんと約束したじゃないですか。俺が状況最小単位説とよぶなんぴとも無視することのできないこの世の根本原理とはいったい何なのか。物理学や化学はもとづこうと汗水たらしてきたのに、医学だけソッポむいて無視を決め込んできたその状況・最小単位説とは何なのか。それをまず確認しますよって。


 で、いまさっき、こういうことだと確認したわけですよ。すなわち、俺、みなさんと一緒にいま大木目指して歩いてますけど、大木を捉えるというのは状況を捉えるということなんだいや、大木のみならず、俺の身体であれ、音であれ、俺の過去体験記憶像であれ、何であれそれを捉えるというのは状況を捉えるということなんだ


 要するに、状況こそこの世の最小単位なんだ、って。


(みなさんのお家の庭にある、下の大木に向かって、いまみなさんと一緒に歩いている最中でしたね)


 でも、この場合の「状況を捉えるってのはどうすることを言うんですかね? せっかくですし、少し詳しく見ておきますかね? すぐ済みますし、医学も見落としていることですしね。


 みなさんと一緒に大木に歩みよっている最中の俺は(大木、どれだけ遠いところにあるんですかね?)、まえのほうで言いましたように、どの瞬間でもつぎのふたつをしているじゃないですか

  • :その瞬間まで大木にどのように歩みよってきたか過去を記憶している。
  • :その瞬間から大木にどのように歩みよっていくか未来を予想している。


 これってどういうことですかね? 


 Aは何ですかねコレ? どの瞬間でも、その瞬間まで、一瞬一瞬の状況がどんなだったか記憶しているってことじゃないですかね? もっと手短に言えば、その瞬間までの状況の推移を把握しているってことなんじゃないですかね?


 俺はどの瞬間でも、その瞬間までの状況の推移を把握している。と同時に、把握しているそのところから、その瞬間以後の一瞬一瞬の状況がどんなかを、つまり、以後の状況の推移がどんなかを類推(予想)しているんじゃないですかね? それが先のB「その瞬間から大木にどのように歩みよっていくか未来を予想している」に当たるんじゃないですか、ね?


 いま、こういうことを確認しましたよ。大木を捉えるというのは状況を捉えるということなんだ。いや、大木のみならず、俺の身体であれ、音であれ、何であれ、それを捉えるというのは、状況を捉えるということなんだ(状況・最小単位説)。そしてその状況を捉えるというのは

  • :「現在までの状況の推移」を把握すると同時に、そこから、
  • :「現在以後の状況の推移」を類推すること、


 なんだって。


 でも、そんなふうに状況を捉えているのは、大木に歩みよっている最中の俺だけじゃないですよね。みなさん、何時いかなるときも絶えず、そうしたこと(A+B)をしてるじゃないですか、


 その作業を状況把握とよんで、ね?


 いや絶対にそうよんで、やっていますって。


 そんなみなさんに倣って、状況を捉えるとは状況把握をすることであると言っても構いませんよ、ね?


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ここはうまく書けていませんね(ここに限った話じゃないか......)? なぜ「状況を捉える」が「状況把握をする」になるのか、わかりませんよね? 後日、書き直しましたよ。下の記事がそれです。2019年10月15日記す。


前回(第3回)の記事はこちら。


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