(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

医学だけが無視するこの世の根本原理について、確認し終える(2/3)

医学は喩えると、空気の読めないガサツなおじさん第3回

1/3からのつづき

 いま考えたのは何でしたっけ? 大木が、「他のものと共に在るにあたってどのようにあるかという問いに逐一答えるってことの意味でしたよね(第二関門)? でもそうした問いに答えるのは大木だけですかね? ちがいますよね? 俺の身体を考えてみてくださいよ。大木に歩みよるというのはまさに俺の身体にとって、「他のもの(大木、太陽、雲、地面、匂い、音、俺の過去体験記憶像や未来体験予想像等)と共に在るにあたってどのようにあるか」という問いに逐一答えることに他ならないじゃないですか。


 いや、俺の身体だけじゃないですよ。存在はみんなそう。太陽も、雲も、地面も、音も、匂いも、味も、他人の身体もみ〜んなどれもこれもそれぞれ、この問いに逐一答えるものですよね(その論証はみなさんのほうでやっておいてくださいね)。


 俺の過去体験記憶像や未来体験予想像だってそうですよ(つぎのふたつの段落は読み飛ばしてもらってもいいんじゃないかなあ)。


(みなさんの家のお庭にある下の大木に歩みよっている最中でしたね)


 いま大木に歩みよっている最中ですけど(大木えらく遠いなあ……)、こうして大木の姿を目の当たりにしたり、緑の青クサイ匂いを嗅ぐとか、葉々が立てるガサガサという音を聞くとかしたりしているうちに、まえにここに来てこの辺りをみなさんと一緒にブラブラしたときの記憶、不意に鮮明によみがえってきましたよ。ほら、俺の過去体験記憶像(俺が現在記憶している過去体験のこと)は、「他のものと共に在るにあたってどのようにあるか」という問いに逐一答えるって言えるんじゃないですかね? 家で紅茶とマドレーヌを楽しんでいたオジサンが、その香りと味をきっかけに急に昔のことをありありと思い出したときのこと、小説に書いんだって、よく聞くじゃないですか。みなさんにもそのオジサンのとおんなじ体験ありますよね? 見ると昔のことを思い出さずにはいられない絵とか、聴くとかならず過去がよみがえってくる曲とかありません? むかしの恋人が乗っていたのとおなじ色の車を街角で見かけたら、思い出が堰を切ったように街のなかに流れ込んできたって体験、みなさんにもあるんじゃないのかなあ。

失われた時を求めて(1)――スワン家のほうへI (岩波文庫)

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 俺の過去体験記憶像が、「他のものと共にあるにあたってどのようにあるか」という問いに逐一答えるものであるように、俺の未来体験予想像(俺が現在予想している未来体験の像のこと)もそうした問いに逐一答えるって言えるんじゃないですかね。片付けものをしているときにふと手にとった雑誌をめくっているうち、掃除をするって未来図がすっかり消し飛んじゃったりしません? 俺なんかの場合は預金通帳ですかね。そこに印字された残高を見てると、明るい未来がどっか行ったまま、戻ってこなくなっちゃう。


 わかりにくくなっちゃいました


 つい先ほど、大木が、「他のものと共に在るにあたってどのようにあるか」という問いに逐一答えるっていうのがどういうことか確認しましたよね(第二関門)? でも、そうした問いに答えるのは、何も大木だけに限られないってことですよ。俺の身体であれ、太陽であれ、音であれ、匂いであれ、味であれ、俺の過去体験記憶像や俺の未来体験予想像であれ、何であれ、そうした問いに逐一答えることに変わりはないってことですよ。


 だとすれば、ここで何が言えますかね?


 さっき大木に言えたのとおなじことが言えるんじゃないですか


今回は記事を(1/3)、(2/3)、(3/3)の3つに分けてお送りしています。

  • ひとつまえの記事(1/3)はこちら。


前回(第2回)の記事はこちら。


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