(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

快さとは何か、苦しさとは何か②

*科学するほど人間理解から遠ざかる第6回

①のつづき

「〜中」とか「〜している/していた」といった表現はこのように、「〜しようとしている/しようとしていた」と言い換えられます。したがって、生きておられるあいだどの瞬間でもみなさんが身をもってお答えになる、「今を・どういった・出来事の最中とするか」という問いも、「今・どう・しようとするか」という問いであると言い換えられます(「今」という言葉で「今という一瞬」を指している旨、くどいですが、再確認お願いします)。


 さて、先につぎのことを確認しました。

.生きておられるあいだみなさんはどの瞬間でも、「今をどういった出来事の最中とするか」という問いに、身をもってお答えになる。

.身をもって「今」を出来事の最中とすることこそ、行動とか行為とか運動とかとよばれるものである。

.身をもって「今」を出来事の最中とする堅固さが強ければ、快さを感じていると表現し、身をもって「今」を出来事の最中とする堅固さが弱ければ、苦しさを感じていると表現する。


 で、ちょうどいま確認しましたとおり、みなさんが生きておられるあいだ一瞬ごとに身をもってお答えになる「今を・どういった・出来事の最中とするか」という問いは、まったく意味を変えずに、「今・どう・しようとするか」という問いであると言い換えられるとのことでした。


 となりますと、こう申せます。

.みなさんは生きておられるあいだどの瞬間でも、「今・どう・しようとするか」という問いに身をもってお答えになる。

.身をもって「今・しようとしている」ことこそ、行動とか行為とか運動とかとよばれるものである(身をもって「今・なにを・しようとしている」かを言えば、どんな行動をしているか表現していることになる)。

.そのように身をもってお答えになっているときに「今どうしようとするか、かなりはっきりしてい」れば、快さを感じていると表現し、「今どうしようとするか、あまりはっきりしていな」ければ、苦しさを感じていると表現する*1

つづく


後日、配信時刻を以下のとおり変更しました。

  • 変更前:07:00
  • 変更後:07:05


今回(第6回)は①と②に分けてお送りしました。

  • ひとつまえの記事はこちら。


それ以前の記事はこちら。

第1回(まえがき)


第2回(まえがき+このシリーズの目次)


第3回(快さと苦しさが何であるか確認します。第7回②まで)


第4回


第5回


このシリーズ(全32回)の記事一覧はこちら。

 

*1:ここはつぎのように表現したほうがわかりやすいでしょうか。 

「今どうしようとするか」という問いをかなり解決していれば、快さを感じていると言い、「今どうしようとするか」という問いをあまり解決していなければ、苦しさを感じていると表現する、と。

 快さを感じているというのは、「今どうしようとするか」という問いをかなり解決しているということであり、かたや苦しさを感じているというのは、「今どうしようとするか」という問いをあまり解決していないということであるといった言い方をすることもできるように思われます。 

 ただし本文中では、こうした「問いを解決している/解決していない」といった言い方の代わりに、身体感覚の感じをより連想させる「はっきりしている/はっきりしていない」といった表現をもちいました。