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科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

「統合失調症」を理解する6

身体をキカイ扱いする者の正体は第20回

 ここまで、統合失調症と診断されたひとたちの例を用いて考察してきました。そして確認しました。精神に異常があるものと精神医学に判定されるひとたちを理解するのに必要なのは、そのひとたちのことを、「そのひとたちの身になって考える」こと、すなわち、

1.そのひとたちを異常のあるものと見るのをやめ

2.いわゆる健常者(精神医学に精神を正常であると判定されるひとたち)を理解しようとするときのように理解しようとすること


 である、と。


 では、統合失調症の例を出しましたついでにここで、精神医学のようにそのひとたちを精神に異常があるものとして理解しようとするのでは、そのひとたちのことを理解できないどころか、はなっから理解するのを拒むことになるということについても、例を用いて確認してみようと思います。


 まずはつぎの男性のことを、「その男性の身になってお考え」になってみてください。

 ある男性患者は、両親が偽者だと繰り返し主張した。医師の両親と、生真面目な母親は、本人が二十代のはじめに発病したとき、ひどくショックを受けた。しかも、男性患者は幻覚妄想状態で、死のうとして部屋に火をつけ、顔や体に大やけどを負ってしまったのだ。何度もの植皮手術によってもケロイドが残った。息子を襲ったあまりの悲劇に、両親は二重の落胆を覚えたのである。


 男性患者が、両親は偽者だという妄想を語りはじめたのは、やけどから回復した頃からである。かなりの年月がたってから、彼は自分の思考過程を振り返って、次のように話した。自分が大やけどをして入院したとき、両親はとても冷淡だった。自分を見る目が他人のように冷ややかで、面会にもあまり来なかった。自分がこんな苦しい思いをしているのに、そんなふうに冷たくしていられるのは、本当の両親ではないからだと思うようになった、と。


 両親が偽者だという妄想は、悪化する度に何度も現れた。回復しても、両親に対する関係は冷ややかで、少し緊張感を孕んだものだった。偽者の親だという妄想が薄らぎはじめたのは、父親が亡くなった直後からだ。母親も亡くなった後、本人はとても安定した状態となった*1


 みなさんは男性のことを、「この男性の身になって」こう考えになりながら、話をお聞きになっていたのではないでしょうか。


「男性は両親を偽者であると見た理由を見事に説明している。聞いていてなるほどと納得できた。何かをそこに付け足す必要は感じないが、あえて足して言えばこうだ。男性が大やけどをして入院しているとき、両親は男性に冷淡な態度をとった。だが、そのとき男性にはゆるぎない自信があった苦しんでいる自分にたいし両親が冷淡にするはずはないという自信が。男性はその自信にもとづいて現実をこんなふうに解した。『おかしい、両親がこんなに苦しんでいる僕に冷淡にするはずはないのに、どうして・・・・・・あ、そうか、わかったぞ、ほんとうの両親ならたしかに僕にこんな冷淡な態度をとるはずはない。僕にたいして冷淡な目のまえの両親はほんとうの両親ではないのだ。偽者だ』」


 みなさんがいま「男性の身になってお考え」になったところを箇条書きでまとめますと、こうなります。

① 苦しんでいる男性に両親が冷淡な態度をとる(現実)。

② 男性には、苦しんでいる自分に両親が冷淡な態度をとるはずがないというゆるぎない自信がある。

③ 男性はその自信にもとづいて現実を解釈する。「だとすると、僕にたいして冷淡な目のまえの両親は、偽者だということになる」。


 このように「男性の身になってお考え」になったみなさんは、男性が論理的であることを最初に確認なさったのではないでしょうか。


 しかし精神医学はそんなみなさんとはまったくうって変わって、この男性のことを、精神に異常があるものとして、たとえばつぎのように、論理的に思考できないものとして理解しようとします。

 統合失調症にみられる思考障害を、形式論理の障害として捉えようとする研究も数多くなされてきた。統合失調症の纏まりを書いた支離滅裂な言語は、一つの話題から無関係な話題に、話が飛ぶことによって起きる。

(略)

 親を替え玉だとして否認する妄想は、よくみられるものである。最初に報告した医者の名前を取って、カプグラ症候群と呼ぶこともある。


 このケースの場合も、妄想形式において、形式論理の破綻が認められる。


 彼の論理は、次のような三段論法だといえる。


 大前提:親ならば、子どもが困っているときには優しくする。

 小前提:うちの親は、子どもが困っているときに冷たかった。

 結論:うちの親は、本当の親ではない。

(略)

 本来ならば、「中には、子どもに優しくない親がいる」という結論を行うべきところを、「子どもに優しくない親は、すべて本当の親ではない」という誤った推論に陥った挙げ句、「うちの親は、本当の親ではない」という短絡的な結論に至ってしまったのだ*2


 どうでしょうか。精神医学が男性を精神に異常があるものとして理解しようとするがために、先ほどみなさんが論理的であると確認なさったこの男性を、論理的に思考できていない人間であることに仕立て上げ、はからずも、まことに残念極まりないことですが、バカにすることになっているのに、いまみなさんはお気づきになったのではないでしょうか。


 果して男性は世のなかの親みんなや子供みんなについて考察などしていたでしょうか。そんなことはしていなかったのではないでしょうか。


 みなさん、まざまざと実感なさったと思います。精神医学は患者を精神に異常があるものとして理解しようとするが、それでは患者のことは理解できないし、むしろ理解するのをはなっから拒むことになる、と。


 論理的に考えれば、異常な人間などひとりたりともこの世に存在しない、たったひとりの例外もなくひとはみな正常であるとわかります。ほんとうは正常と見られるべきひとたちを、精神に異常があるものとして理解しようとしてもできるはずはないわけです。


 精神科医はしばしば統合失調症は永遠に理解不能であると漏らしてきました。それを聞いていまやみなさんや俺は、こう考えるべきではないでしょうか。統合失調症という永遠に理解不能な病気があるのではなく、ほんとうは正常と判定されるべきひとたちを、精神に異常があるものとして理解しようとするのが永遠に不可能であるだけだ、と。

つづく


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*1:岡田尊司統合失調症PHP新書、2016年、148ページ、2010年

統合失調症 (PHP新書)

統合失調症 (PHP新書)

 

*2:同書145〜149ページ