やあ、ホースム、まいったよ、外はひどい寒さだ。どうした、何か考えごとか?
「ワトソソ、これを読んで見たまえ」
ああ、「病は気から」か。よくある記事だ。昔から、思い出したようにときどき、誰かがこんなことを書くんだ。で、これがどうしたんだ?
「思うんだがね、『病は気から』ではなく、『病気とは気を病む』なんじゃないかね」
ほう、病気とは気を病むことだってキミは言うのか?
「そうだ。気を病むとはつまり、苦しみがつづくという意味だよ」
何言ってるんだ。病気とは、臓器の機能が不全に陥っているとか、精神に機能障害があるとかいうことだよ。
「きみ、それをひと言で言ってみたまえ」
そうだな、病気とは異常があること、だな。
「そこだよ。病気とは異常があることではなく、苦しみがつづくということではないかね?」
じゃあ、キミは、健康とは、正常な状態にあることではなく、苦しくない状態がつづくことだとでも言うのか?
「しかり。医療処置は、正常になることを目的とするものではなく、苦しさが減じ、あわよくば快くなることを達成目的とすべきものだよ。息がしにくいときに、息がしやすくなるのをひとが求めるのは、正常になるのを求めるということではなく、苦しくなくなるのを、引いては快くなるのを求めるということだ」
なら、正常とか異常というのはどうなる? 機械にだって、正常異常がある。
「人間は機械じゃないよ、ワトソソ」
冗談じゃない、キミは、身体には生気が流れているとでも言うつもりか? 機械には見当たらない生気が身体にはあるとでも?
「冷静になりたまえ。生気など持ちだす必要はないよ。身体には身体感覚があって、機械にはない」
でも身体感覚はだね、ホースm
「しッ、身体感覚については、『科学の身体研究からすっぽりぬけ落ちている大事なもの』のchapter2*1で話し合うことにしよう。そしてそのchapter3*2で、健康、病気、治療について考えてみることにしようじゃないか」
しかし、病は気からというのはどうなる?
「痛い、だるい、ふらふらする、めまいがする、震える、息がしにくい、疲労感を覚える、寒い、暑い、腹が減っているというのも苦しいということなら、不安を覚える、恐怖を感じる、悲しい、憤慨する、緊張する、楽しくない、寂しい、思い悩む、葛藤を覚える、落胆する、呆然とするというのも苦しいということだよ。快さが減じれば減じるほど、快さはより減じやすくなるし、苦しさが増せば増すほど、苦しさはより増しやすくなるものだが、快さが減じていったり、苦しさが増していったりするきっかけは何も、痛みやだるさや疲れや空腹などには限られないよ。不安や恐怖や緊張や落胆といった気持ちがきっかけの場合もとうぜんあるよ」
何おかしなこと言ってるんだ、ホースム、マトモなひとは誰もそんなこと言わないぞ。
「我々はただ起きているだけでも、疲労してくる。放っておくだけでも快さは減じていく、もしくは苦しさは増していくということだ。そんなところで逆に快さを回復したり、苦しさを減じたりするには、気分転換をするなり、横になるなり、睡眠をとるなり、食事を愉しむなりしなければならないが、快さが減じれば減じるほど、もしくは苦しさが増せば増すほど、人間というのは、気分転換がしにくくなったり、横になっていられなくなったり、眠れなくなったり、食事がのどをとおらなくなったり、食べても美味しさが感じられなくなったりして、快さが回復するとか苦しさが減じるとかいうのがむつかしくなってくるものだよ」
なんだ、キミの言ってることはそんな単純なことか。ならもっとわかりやすく言えよ。そんなことは医学だって、いろいろ言ってる。ストレスを感じているひとのほうが疾患発症率は高いとか、スポーツ選手のほうが感染症にかかりやすいとか、睡眠不足だとインフルエンザに罹患しやすいとか。本格的に言い出したのは最近のことかもしれないがね。
「まさにそこだよ、ワトソソ。人間誰しもが知っているそのあたりまえで大事なことが、きみたちのやっていることに案外反映されていないように見えて、僕は日々たいそう驚いているんだよ。どうだね、人間を機械と見た弊害が出ているんじゃないかね?」
いや、まさか、そんなことはあるまい。科学はこの世で最高のエイチだぞ、ホースム。
「じゃあ、その件もまた、『科学の身体研究からすっぽりぬけ落ちている大事なもの』のchapter3*3で見てみるとしようよ、ワトソソ」
次回は、1月15日(日)朝10:00に、「科学の身体研究からすっぽりぬけ落ちている大事なもの」のchapter2*4で、お目にかかります。