(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

ボールを投げる姿が機械に見えるはずはない、よなあ?

baseballは科学を批判しつづける第2回

 今後みなさんには、大谷翔平選手(花巻東高校→日本ハム)がマウンドからキャッチャーミット目がけて剛速球を投げこむのを、テレビのプロ野球ライブ中継でご覧になっているものと、くり返しご想像いただく。


 テレビをご覧になっているみなさんはまず、マウンド上に大谷選手が立っているのを目の当たりにされる。それは、大谷選手の「身体の物的部分」があるのと同じ場所に、大谷選手の「身体の感覚部分」があるのをお認めになることである。大谷選手の「身体の感覚部分」をみなさんは、ご自身の「身体の感覚部分」のようにじかにはお感じにはなれないけれども、じかには感じられないありようとでも言った姿で、大谷選手の「身体の感覚部分」が、テレビに映った大谷選手の「身体の物的部分」があるのと同じ場所にあるのを、やはりみなさんはお認めになる。


 そして、投球動作に入ってからボールを投げきるまでのあいだ、大谷選手の「身体の物的部分」の一連の動きが、大谷選手の「身体の感覚部分」の関与のもと起こるのを、みなさんはまざまざと目撃なさる。いや、もっと正確に言えば、大谷選手の「身体の物的部分」の一連の動きが、大谷選手の「身体の感覚部分」、大谷選手が目の当たりにしている景色や聞いている音(歓声等)、大谷選手自身の過去体験記憶(バッターへの配球や試合展開等について記憶)や未来体験予想(チームに勢いをつけるためにこの回を三者凡退に抑えるとか、最終回まで投げぬくといった目標等)などの関与のもと起こるのをまざまざとみなさんは、目撃なさるわけである。


 ところが、科学は、マウンドからボールを投げるとき大谷選手の「身体の物的部分」に起こる一連の物的出来事をこれとはまったく別様に見る。大谷選手の「身体の物的部分」にそうした一連の物的出来事が起こるのに関与するのは、大谷選手の身体の物的部分のうちの物質だけだとする。ほかに関与するものをあげるとしても、大谷選手の「身体の物的部分」外からやってきて大谷選手の「身体の物的部分」表面に接するか、もしくはその内部に入ってくるかする物質しかあげない(科学の言う環境因子とはしょせんこうした物質にすぎない)。


 科学はこうして大谷選手の「身体の物的部分」を、掃除機や時計と同じ機械と見る。


 で、「身体の物的部分」に起こる一連の物質的出来事を、「身体の物的部分」のうちの一点(それとも一箇所と言ったほうが適切だろうか)のせいにする。ボールを投げるとき大谷選手の「身体の物的部分」に起こる一連の物質的出来事を反射と見るなら、脊髄という一点によって引き起こされるものとし、随意運動と見るなら、脳という一点によって引き起こされるものと説明する。科学は、大谷選手の「身体の物的部分」を、脊髄もしくは脳によって操縦される機械とするのである。「身体の物的部分」に物質的出来事が起こるのに関与するのは「身体の物的部分」のうちの物質だけであるとし(「身体の物的部分」を機械とし)、その物質的出来事を「身体の物的部分」のうちの一点(遺伝子、脳、ウィルス、細菌、ガン、遺伝子異常、アレルゲンなど)のせいにするのが、科学の身体説明法であるが、 「身体の物的部分」に起こる物質的出来事を一点のせいにするこうした見方がいかに不適切であるかは、「科学の身体研究からすっぽりぬけ落ちている大事なもの」のchapter4で確認する予定である。

つづく


前回(第1回)の記事はこちら。


このシリーズ(全13回)の記事一覧はこちら。