(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

ご挨拶

身体が機械じゃないのは明らかであるが*1

 身体を研究するとはどうすることでしょうか。


 これまで人間は身体を研究してきました。現代科学は、見るという知覚は身体がどうなることか、歩くという運動では身体はどうなるのか、糖尿病とは身体のなかで何が起きることか、免疫機構とはどういった身体機序か、遺伝子からタンパク質はどのようにしてできるのか、脳はどう働くのか、うつ病とはいったいどういった脳の故障か、ガンができるメカニズムはどのようなものかなどなど、いろんな身体説明を俺たちに説いて聞かせてくれます。


 しかし異を唱えるようでまことに心苦しい限りですけれども、ひと言だけ言わせてください。


 そうした身体説明には何かきれいスッパリぬけ落ちているものがありはしないでしょうか。


 そう申しますと、こうおっしゃるかたがおられるかもしれません。


「あのね、科学の身体説明に疑問を覚えるお前さんのどタマのほうにネジのぬけ落ちがあるだけであってね、お気の毒だけれどもね」


 実を申せばこんな俺にも、科学の身体説明をどうしても信じきれないでいる自らを疑っていた時期がありました。疑いを抱えた俺は、科学の身体説明をみなさんがどうお感じになっておられるのかじっと反応を伺ったり、夜おそくまで哲学者や科学者の本を一頁一頁苦悶しながらめくったりしていました。で、そうしているうちに確信したわけです。科学の身体説明には何か大事なものがぬけ落ちているのではないかというその疑念は案外、的外れではないと。


「ダメだこりゃ、お前さん、もうそこまでイカレてるのか」、みなさん、そう呆れておいででしょう。けれどもみなさん、みなさんの頼もしい背中を俺へお向けになるまえに、まずご自身のするどい眼力で事の次第を確かめてごらんになりませんか。背中をお向けになってさっそうと歩み去られるのはそれからでもぜんぜん遅くはありますまい。


 どうです、みなさん、いまから少し俺のおしゃべりにおつき合いになりませんか。


 いま、科学の身体説明からは大事なものがスッパーンとぬけ落ちているのではないかと申しました。なんのことをさしてそう申し述べたのか、賢明なみなさんはもうスルッとお見通しのことと存じます。


 科学が、身体に起こる出来事を説明する際には身体感覚がまったく出て参りません。


 科学が、身体に起こる出来事を説明する際にとりこぼすのは何もこの身体感覚だけには限らないと俺は考えますけれども、今回は、身体感覚がぬけているというこの一点についてのみ、以下、みなさんとおしゃべりさせていただきます。


 今後のおおまかな予定はつぎのとおりです。

chapter1:身体は機械ではないとみなさん実によくご存じであることを確認します。

chapter2:にもかかわらず、科学が身体を機械とするに至る経緯を事の発端から確認します*2

chapter3:科学が身体を機械とし、機械にしか用いることのできない区分を、ほんとうは機械ではない身体にも用いることについて確認します*3

chapter4:科学が身体に起こる出来事を一箇所のせいにすることについて確認します。

chapter5:現代科学の最先端を行く脳科学が、これまで心と言われてきた非物質を、脳の物質的出来事に変更することについて確認します(心脳同一説)

chapter6:最後に全体をまとめます。

つづく


このシリーズの記事一覧はこちら。

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*1:以前のタイトルは「科学の身体研究からすっぽりぬけ落ちている大事なものpart1」

*2:「科学にはなぜ身体が機械とおもえるのか」

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*3:「身体をキカイ扱いする者の正体は」

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