(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

身体感覚を身体のなかに含めない

科学は存在同士のつながりを切断してから考える第1回

 科学の特徴は、存在同士をたがいに切り離してから考えるところにある。事のはじめに科学は存在同士のあいだの二種類のつながりを切断する。で、そのあとに、新たに考案したつながりで存在同士をつなぎ戻す。喩えて言ってみればこれは、機械内部の配線という配線をちぎり、ネジというネジをとり去って分解しつくしたあと、部品同士をセロテープでつなぎ止めるようなものである。


 科学はこのように、存在同士をつなぎ替える


 今回は、科学が事のはじめに為す、こうした存在同士のつながりの切断を二種類、順に見ていく。私たちは、存在同士のつながりが切断され、その結果、存在から、その一部が除外されたり、要素がはぎ取られたり、知覚体験が不可能になったりするのを目の当たりにすることになる。


 では、さっそく、ひとつ目から見ていく。


 まずみなさん、ご自身の身体感覚にご注目いただきたい。そのうえで、みなさんには、いきなりのことでまことに申し訳ないけれども、つぎの質問にお答えいただく。


 みなさんの身体感覚がある場所には、みなさんの身体感覚のほか、いったい何があるだろうか。


 さて、みなさんはこの問いにどうお答えになるだろう。


 みなさんの身体感覚がある場所には身体感覚のほかに、みなさんの身体の物的部分もあるとお考えになるだろうか。


 いま、みなさんの身体感覚がある場所には、みなさんの「身体の物的部分」もあると申し上げた。この「身体の物的部分」という呼びかたに合わせて、以後、身体感覚のほうも身体の感覚部分と呼んでいくことにすると先にお断りしておきたい。


 みなさんの「身体の感覚部分」がある場所には、みなさんの「身体の物的部分」もある。これらふたつがほぼ同じ場所を占めてひとつになっているものこそ、身体である。みなさんがふだん身体と思い、身体と呼んでおられるものも恐らくこれではないだろうか。


 もう一度くり返す。身体とは、「身体の感覚部分」と「身体の物的部分」とが、ほぼ同じ場所を占めてひとつになっているもののことである。ところが、みなさんが言う身体にはこのように「身体の感覚部分」が含まれても、科学が言う身体には、この「身体の感覚部分」は含まれない。科学は「身体の物的部分だけを指して身体とする*1。身体から除外した「身体の感覚部分は、意識の中身*2とする(科学ではどちらかと言うと、意識よりも心という呼びかたをとるようであるが、この文章では意識と呼んでいくことにする)。

つづく


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*1:厳密にはこの言い方は誤りです。科学にとっての身体とは、見ることも触れることもできず、音もしなければ匂いも味もしない元素が組み合わさったにすぎないもの、と言うべきです。2018年8月22日。

*2:様態と書いていたところを、中身に修正しました。2018年8月22日。