(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

みなさんの脳を疫病神が設計した可能性はいかほど?

*自力で窓を閉めることのできる人間は存在するか第2回

 欧米には、脳を研究しているうちに、キリスト教に帰依するようになるひとがいると、日本の研究者が(不満げに)書いているのを昔、読んだことがある。そのようにキリスト教を心底信じられるのなら、みなさんの脳もまた、キリスト教の神によって設計されたものであるにちがいないということになって、みなさんの脳はもともと、ひとごみのなかでみなさんに「コマネチ!」をやらせ、みなさんに大恥をかかせるふうには設計されてはいないはずだと信じられるようになるのかもしれない。

心を生んだ脳の38億年 (ゲノムから進化を考える (4))

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哲学原理 (岩波文庫 青 613-3)

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 が、キリスト教の空気が薄い日本で生まれ育ったみなさんには、そんな考え方をするのは無理ではなかろうか(決めつけるような言い方をして大変申し訳ないかぎりである)。


 日本ではいろんな神さまの存在が想定される。最近は、野球の神さまや、お笑いの神さま、トイレの神さままでおいでである。神さま界のそうしたnewcomerと比べるともはや堂々とした風格さえ感じられる疫病神や貧乏神もまた日本にはいらっしゃる。


 脳を神さまによって設計されたものと考えようとすると、みなさんの脳は果たしてどんな神さまに設計されたのだろうという疑問がおのずと思い浮かんでくる。ひょっとすると疫病神の設計によるのではないかとすら思われて俺はギクリとする。


 もしみなさんの脳を、疫病神が設計しているのであれば、ひとごみのなかでみなさんの脳がみなさんに「コマネチ!」をしようと思いたたせ、じっさいに何度も執拗に「コマネチ!」をさせてもおかしくないことになるし、それで済めばまだめっけもの、他者に放言を吐いたり、なぐりかかったりするようみなさんに思いつかせ、じっさいに実行させても不思議はないことになる。


 ともかく、欧米人を見習って神さまを持ち出し、脳を信頼できるようになろうとしても、へたをすると余計、みなさんの脳のことが信じられなくなるだけのような気が俺にはするわけである。

つづく


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