(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

「おかげさまのココロ」をつい忘れてしまうとき

*ワクチン接種後の痙攣が心因性というのは本当? 第3回

 或る症状を呈しているひとを検査しても、「そうした症状を呈するひとの身体のなかにしか見つからない一箇所」(異常所見)が見当たらないということをもって、心という一箇所のせいにするというのは、道理に外れています。厚生労働省はよくそんなことをしますが。


 俺には不思議でなりません。日本におすまいのかたは特に、オロカな俺なんかより23倍も24倍も、おかげさまのココロとでも言うべきものをおもちだと思います。俺なんか何かをやりとげたら、「どうだい、俺の力だぞい、俺ひとりの力でなしとげたんだぞい」と誇らしげに胸をはりますが(残念ながら、いまのところ俺は何もやりとげたことがありません)、みなさんは、ヒーローインタビューをうける大谷翔平選手やオリンピック・メダリストのように、何か事をなしとげても、「支えてくださったみなさんのおかけです、みなさんに感謝したいと思います」と心の底から本音をおっしゃいます。ほんとうに俺には言えない言葉で、俺は毎度毎度みなさんのそうした言葉に感動し、教えられます。いっけん自分の努力と能力でなしとげたと思われる事柄も、じつはいろんなひとと一緒にやっていたんだ。自分なんてのは、なしとげられた事柄という織物のなかのone piece(マンガのことではありません)にすぎないんだ、とそのたびに痛切に思い知ります。


 にもかかわらず、身体のなかで起こる出来事にたいしてはみなさん、オオカミに豹変するオトコのように、急にお変わりになる。みなさんが人間的成長を重ねるなかで身につけてこられた「おかげさまのココロ」は、電車の網棚のうえに置き忘れられるようなものではないだけに、なぜみなさんが身体のなかの出来事については急に一箇所のせいになさるようになるのか、俺には不思議でなりません(いったい俺は何サマのつもりなのか、口はばったいことを申しまして、まことに申し訳ありません)。


 さて今回も、出来事を一箇所のせいにする思想について見てきました。子宮頸がんワクチンを接種したあと、複数の子供たちの身の上に起こるようになったけいれん等の出来事を心という一箇所のせいにする見方について点検しました。その出来事を子宮頸がんワクチン一箇所のせいにすることもできなければ、心という一箇所のせいにすることもできないということを確認しました。子供たちの身体のなかを検査しても、「こうしたけいれん等を起こすひとたちにしか見つからない一箇所」(異常所見)が見当たらないということをもって、そのけいれん等を「心因性」と結論づけるのは適切ではないと確認しました(そもそも「心因性」などというものの見方を科学の最先端はもうしようとしていないのではないでしょうか)。


 まあ、考えてもみてください。いままでストレスを感じていたときには吐き気がしていただけなのに、最近はストレスを感じると胃痛がするようになったともし俺が言ったら、医師はみんな、心因性だなどと言ってすまさないでしょう。では、いままで、ストレスを感じても頭痛がしたり、ちょっと胃痛がしたりするくらいだったひとが、同じようにストレスを感じると急に厳しいけいれん等を起こすようになった場合はどうですか。心という一箇所のせいにするのでは説明がつかないのではありませんか。

つづく


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