(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

冤罪を隠蔽するてぐち

*原因をさがし求めて第5回


 さらにこの原因特定法が恐ろしいのは、こうした冤罪を隠蔽する手口を隠しもっていることである。その手口を私はひそかに逆推理と呼んでいる。


 たとえばあるひとが、嘔吐と腹痛と下痢を主症状とする状態を呈したとする。で、そうした状態を引きおこした原因を特定するときに、ここで考察している原因特定法をつかったとする。これと同じ状態を呈した他のひとの事例を集めてきて、事のはじめに「同じ事例(同じ結果)は同じ原因からしか生じない」と勝手に決めつけ、集めてきた複数の事例に共通して見つかるものを探し、それを原因とする。いまの場合、そうした方法で原因を特定しようとしていたとき、Nウィルスが偶然目についたとする。このNウィルスをよく見てみると、集めてきた複数の事例の大半にあるとわかった。そこで、このNウィルスを、嘔吐と腹痛と下痢を主症状とするこうした状態を生じさせた原因と特定することにしたとする。


 嘔吐と腹痛と下痢を主症状とするその状態を同じく呈しているということで集めてこられたこれら複数の事例をよく見てみると、その大半のものは、Nウィルスが検出されるという点でも似ていた。ぱっと見て状態が似ているものを集めてきて細かく見てみると、さらに大半の事例は、Nウィルスが身体のなかに見つかるところまで似ているとわかった。


 では、この類似点である、身体のなかにNウィルスがあるということは、こうした症状を生じさせる原因なのか。それとも、いま探し求めている原因によって、嘔吐や腹痛や下痢などと同じく生じさせられた結果なのか。はたまたこれら原因や結果とは別の類似点にすぎないのか(探し求めている原因でもなければ、その原因によって生じさせられた結果でもない、ということ)。


 Nウィルスが身体のなかにあるという類似点はこの三つのうち、どれに当たるのか、ここではまだ確実なことは何も言えない。にもかかわらず、強引にこのNウィルスを、嘔吐と腹痛と下痢を主症状とする状態を生じさせる原因だと認定してしまったとする。が、Nウィルスをそうした原因と決めつけるのは冤罪かもしれない。そこで、これから事あるごとに、ほんとうにこのNウィルスが、嘔吐と腹痛と下痢を主症状とする状態を引きおこす原因なのか、点検、確認していかなければならないことになる。


 そんなところで、Nウィルスが身体のなかから検出されるにもかかわらず、嘔吐と腹痛と下痢を主症状とする状態をまったく呈していないひとが見つかったとする。Nウィルスは嘔吐と腹痛と下痢を主症状とする状態を生じさせるのではなかったのか。したがってここで、Nウィルスを、嘔吐と腹痛と下痢を主症状とする状態を生じさせる原因と特定したのは冤罪だったのかもしれないとあらためて考え直さなければならない、ということになる。


 ところがこのとき、じっさいに科学によって行われるのは、こうした点検、確認ではない。Nウィルスが嘔吐と腹痛と下痢を主症状とする状態を生じさせた原因であるとする考えを、科学はあくまで変えることはない。ここで科学がするのは、Nウィルスが検出されているのに、嘔吐と腹痛と下痢を主症状とする状態を呈していないこのひとには、そうした主症状がまだ生じてきていないだけであって、これからそうした症状を呈することになるのだと決めつけることである (この解釈を私は逆推理と呼んでいる。医学の病気説明でこうした逆推理によくお目にかかる気がするのであるが、どうだろう)。そして治療なるものを施すことである。


 Nウィルスが、嘔吐と腹痛と下痢を主症状とする状態を生じさせる原因ではないことを示唆しているのかもしれない事例を目の当たりにしていながら、冤罪の可能性を隠蔽してしまうのである。


 以上、ヘタクソな文章で、長ったらしく書いてきたところの結論はこうである。この原因特定法は、事のはじめに原因がたったひとつしかないと断定できる場合(いったいどんな場合だろう)でないと使えない怪しい原因特定法である。しかも、この特定法には、原因ではないものを原因だとまちがって決めつけてしまう冤罪の可能性が常につきまとう。そのうえこの特定法は、この冤罪を隠蔽する手口さえ隠しもっている。


 この原因特定法で、原因を特定するべきではないだろう。


 実際のところ、この方法を原因特定法と考えている科学者はもうほとんどいないのではないかと、クソど素人のカワグチは考えている。が、かつてこの方法で原因と特定され、いまもまだ原因と信じられたままのものがあるような気がしてならない。たとえば、苦しみと死を生じさせる原因と考えられている、がん、がそうである。がんを、苦しみと死を生じさせる原因と特定したのは、前提が非常に怪しく、かつ、冤罪をしでかしているかもしれない、しかもそのうえ、その冤罪を隠蔽する手口さえもっている、この原因特定法でだったのではないだろうか。

つづく


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