(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

ひとつ目のほう

原因をさがし求めて第2回

 事故や病気といった出来事が起こった場合、ひとはその原因を特定しようとする。ではその原因を、この出来事ひとつだけしか見ずに特定することはできるか。


 できない。その出来事しか見ないのでは、その出来事のなかのどの部分を、原因部分として選び出せばいいのかは、わからない。


 たとえ話をしよう。私が、認知症と呼ばれる状態になったと仮定する。それも時代は、これから認知症の原因を特定しようとしている矢先のことだ。


 私が認知症になったのだけを見て、私に認知症を生じさせた原因部分を特定することはできない。私の身体のなかのどの部分を、認知症を生じさせた原因部分だとすればいいか、わかるはずはない。その部分に目印がついているのでもなければ、その部分が合図をよこしてくれるわけでもない。


 私たちは認知症の原因を特定しようとしてこのようにいきなり暗礁にのりあげることになる(出来事ひとつしか見ないのでは、原因は認定できないというこのことを、私たちは、銘記しておきたい)。


 そこで、いまから確認する原因特定法では、この困難をのりこえるために、認知症になった他のひとの事例を集めてくることにする。


 たとえば、認知症になった他のひとの事例を集めてきて、それぞれを、事例A、事例B、事例C……事例Nと名づけるとする(私が認知症になったのは事例Aということにしておく)。すると、認知症を生じさせる原因というのは、事例Aから事例Nまでのすべてに共通して登場しているはずだということになる。したがって、事例A、事例B、事例C……事例Nといったすべてに共通して見つかるものを探し、見つかればそれを、認知症を生じさせる原因だと考えればいいことになる。


 これこそ、いまから私たちが検証していく原因特定法のやりかたである。


 が、この特定法には、しっくりこないものがいくつかある。それをうまく表現するのは、無能な老残にすぎない私には難しい。みなさんのなかの天才をよく働かせながら聞いて、愚かな私を助けていただきたいと、虫の良いことを思っている。


 認知症になった事例ひとつこっきりしか見ないのでは、認知症を生じさせた原因部分は特定できないが、同じく認知症になった事例を複数集めてくれば、一転、認知症を生じさせる原因は特定できるようになるということだった。どの事例にも登場しているものを探し出せばいいというわけだった。しかし、それは、集めてきた複数の事例がどれも同じ原因から生じているのであれば、の話である。


 ほんとうに、認知症になった複数の事例はどれも、同じ原因によって生じさせられたものなのだろうか。


 認知症を生じさせた原因をこれから探し当てようという、原因をまだ見ていない段階で、これから探す原因がひとつっきりだとなぜ前もってわかるのだろう。集めてきた複数の事例はそれぞれ、別々の原因から生じたものかもしれないではないか。


 にもかかわらず、集めてきた複数の事例がどれも、同じ原因からしか生じていないと前もって決めつけていい根拠は何なのだろう。そのような根拠の提示を少なくとも私は受けたことはないが、受けたかたはいらっしゃるのだろうか。

つづく


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