(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

カワグチは反論を想定する

*原因丸々ひとつは見つからない第6回

 しかしここで、毒物による中毒死の場合などは、その毒物が中毒死の原因丸々ひとつであるのは火を見るより明らかではないかとおっしゃるかたも出ていらっしゃるように思います。


 みなさん、毒についても詳しく知りはしない無知で唾棄すべき俺ですけれども、その問いかけには、架空の猛毒を仮定してお答えすることになります。こんなふうにです。


 その猛毒物質を飲むとどんな人間も息ができなくなって死ぬことになると仮定する。おおせのとおり、猛毒物質を飲んでこのようにひとが死ぬ場合は、こうした死の原因丸々ひとつとしてこの猛毒物質をあげればよいように思われる。不謹慎で非常に申し訳ないが、今この猛毒をのんで死んだ人間が複数いることにして話を進めると、彼らの身体をしらべれば、共通してこの猛毒物質が検出されることになるはずである。したがって、この猛毒物質を原因丸々ひとつと考えれば良いということになりそうである。


 ところが愚かな俺なりに魂をこめて考えてみると、このひとたちの身体のなかには、猛毒物質をのむ前からすでに、こうした窒息死を生じさせる原因の一部分くらいはあったように思われる。逆に、これらのひとの身体のなかにはもともと、こうした窒息死を生じさせる原因は一部分すら混じっていなかったと決めつけることのほうが独断であると考えられる。


 こうして猛毒物質は窒息死の原因丸々ひとつではないということになる。原因丸々ひとつを特定するには、息ができなくなって死んだひとたちの身体のなかにもとからあった、原因の一部分をも特定しないといけないことになる。その一部分と猛毒物質とをあわせて、この息ができずに死ぬという結果を引きおこした原因丸々ひとつとするのでなければならなくなる。


 人間にとっての毒が他の動物にとっての毒とならず、また動物にとっての毒が人間にとっての毒に必ずしもならないという現実がある。これは毒物質を、苦と死の原因丸々ひとつと考えたのでは説明できない事態である。今言ったように、苦と死を生じさせる原因の一部分がもともと身体のなかにあるところの人間には、この一部分と毒物質とが身体のなかであわさって、苦と死を生じさせる原因丸々ひとつがそろうことになり、苦と死が生じさせられるが、 他の動物にはもともと身体のなかにこうした原因の一部分はなく、したがって毒物質が身体のなかに入ってきても、死と苦を生じさせる原因丸々ひとつがそろうことはなく、苦と死は生じさせられない、とでもいったように説明すれば一応の筋は通るわけである。

つづく


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