(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

原因特定法その1をカワグチは検証する

*原因丸々ひとつは見つからない第4回


 肺にがんができたひとの身体のなかには、そのがんを生じさせた原因丸々ひとつがある。しかし、一生、肺にがんができないひとの身体のなかにも、がんを生じさせる原因の一部分くらいはあってもまったくおかしくない。


 タバコは肺がんの原因であると疫学者・津田さんが言うのを聞く俺は、たとえばこういうことなんだろうと素人ながらに想像する。


 すなわち、二つのグループをつくるためにまず、人間を複数あつめてくる。で、両方のグループがたがいによく似かよっているもの同士になるよう、集めてきたひとたちを二組に分ける。つまり、タバコを吸うか吸わないかだけが両グループ間の唯一の違いになるよう二グループに分ける。そしてこのようにタバコを吸うか吸わないかだけがたがいの間の唯一の違いである二つのグループからそれぞれ、肺がんになるひとがどれくらい出てくるかを見ることにする。


 最初に、〈タバコを吸わなかったグループ〉から、肺がんになったひとがどれくらい出てきたかを確認する。この〈タバコを吸わなかったグループ〉のなかで、肺がんになったひとの数が十分に少なければ、えげつないことに、肺がんになった少数のひとたちの存在は無視してこのグループではだれも肺がんにならなかったことにし、各人の身体のなかには、肺がんを生じさせる原因はなかったのだと考えることにする。


 するとここから、この〈タバコを吸わなかったグループ〉の構成員と、タバコを吸うか吸わないかしか違いがなかったと考えられる《タバコを吸ったグループ》の構成員の身体のなかに、もし肺がんを生じさせる原因があるのだとしたら、それはタバコ(の成分)だけだということになる。


 そんななか実際に、肺がんになったひとの数が、〈タバコを吸わなかったグループ〉よりも、《タバコを吸ったグループ》でより多く出たのであれば、それはこのタバコによるものだということになり、タバコが肺がんを生じさせる原因であると結論づけられることになる、という次第である。


 しかし、みなさん、こうした考察と結論づけには非常に不思議な前提があると俺には思われるんです。


 今最初に、〈タバコを吸わなかったグループ〉で肺がんになったひとの数が十分に少なければ、えげつないことに、肺がんになった少数者の存在は無かったことにして、このグループではだれも肺がんにならなかったことにし、それら肺がんにならなかった各人の身体のなかには、「肺がんを生じさせる原因はその一部分すらなかったのだ」としていた。しかしそこで言えるのは、肺がんにならなかったそれら各人の身体のなかには、肺がんを生じさせる原因が丸々ひとつはそろっていなかったということではないか(原因は分割可能であると先に確認したところを思い出されよ)。肺がんにならなかったこれら各人の身体のなかには、肺がんを生じさせる原因丸々ひとつはそろっていなかったが、その原因の一部分だけならあったかもしれないと考えて何らおかしなところはないし、むしろ原因の一部分すらなかったと断言するだけの根拠はないはずである。


 では、もし、〈タバコを吸わなかったグループ〉の各構成員の身体のなかに、肺がんを生じさせる原因の一部分くらいはあったかもしれないということになると、どうなるか。


 そう、〈タバコを吸わなかったグループ〉と、タバコを吸うか吸わないかしか違いが認められない《タバコを吸ったグループ》の構成員の身体のなかにも、原因のこの一部分はあったかもしれないということになる。


 そしてタバコを吸うことで、原因のこの一部分と、タバコ成分(原因の残余部分)とが身体のなかであわさって原因丸々ひとつになり、それが肺がんを生じさせることになったと考えられるようになる。


《タバコを吸ったグループ》のなかに、タバコを吸っても肺がんにならなかったひとがそれなりの数いたというのは、身体のなかに、原因のこの一部分をもっていなかったひとがそれだけいたということではないだろうか。かなり稚拙*1で形式的な説明ではあるが、こう考えると、タバコを原因丸々ひとつと考えるより事態をわかりやすく説明できるようになると俺は思ったりしますが、そうでもないですか?


 こうして、肺がんを生じさせる原因丸々ひとつを特定するには、タバコをあげるだけでは足りないことになる。〈タバコを吸わなかったグループ〉や《タバコを吸ったグループ》の各構成員の身体のなかにあるのではないかと考えられる、原因のこうした一部分をも特定し、この一部分とタバコ成分とを足しあわせて原因丸々ひとつと考えなければならなくなるわけである。


 以上、よく似た二つのグループをつくり、かたほうはタバコを吸い、もういっぽうは吸わないといったように、両グループの間にたった一つだけ違いをつくる方法で原因を特定したとひとが言っても、上記で指摘した原因の一部分は特定されておらず、原因丸々ひとつはまだ特定できていないんじゃないかと俺は思うのである(しかし、疫学についてよく知らない俺は、今言ったようなことはすでに疫学は十分にわきまえていて、このことをも考慮に入れたうえで原因特定をやっているんじゃないかという気がしないでもない)。

つづく


前回(第3回)の記事はこちら。


このシリーズ(全13回)の記事一覧はこちら。

 

*1:幼稚を稚拙に改めました。2018年8月20日