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疫学という数量化(前半)

津田敏秀『医学的根拠とは何か』岩波書店

 疫学を専門とする医師、津田敏秀さんの怒りが本書で炸裂しているのである。いったい津田さんは何について怒っているのか。

医学的根拠とは何か (岩波新書)

医学的根拠とは何か (岩波新書)

 


 彼はまず医学的根拠をなにに求めるかで医師を三つにわけ、それぞれを、直感派、メカニズム派、数量化派と呼んでいる。

直感派は医師としての個人的な経験を重んじ、メカニズム派は動物実験や(現代では)遺伝子実験など、生物学的研究の結果を重視する。そして数量化派は、統計学の方法を用いて、人間のデータを定量的に分析した結果を重視する。一般にはあまり知られていない分野であるが、今日では、病気などの原因を科学的に証明するためには、疫学あるいは医療統計学と呼ばれる方法論が用いられる(同書11ページ)。


 したがって、疫学を専攻している津田さんは数量化派であることになる。


 そして、本書の冒頭で紹介されるフランスの医師、ピエール=シャルル・ルイは数量化の先駆けということになるだろうか。ルイは1828年瀉血に関するある論文を発表した。津田さんの説明によるとこうである。


 当時のヨーロッパでは、熱病(傷の炎症や肺炎などをまとめてこう呼んでいた)にたいする治療として瀉血がよくおこなわれていた。瀉血とはヒルや刃物で皮膚に傷をつけ、血液を除去する療法のことである。ところがルイはあるときこの瀉血の効果に疑問をいだき、データをとってみることにした。患者を、発病後最初の四日以内に瀉血をうけたグループと、それ以後にうけたグループとにわけ、病状、年齢、発病以前の健康状態などが同じになるよう注意深くそろえた。で、それぞれのグループで、治癒した患者と死亡した患者とを数えあげ、その割合を計算した。


 すると、早期に瀉血をうけた患者グループでの死亡割合が、もういっぽうのグループでの死亡割合より逆に高くなっていることが判明した。こうしてルイは一転、瀉血には効果がないと考えることになった。


 ところが、割合をもとめて瀉血の効果を判定するこうした考え方は当時うけいれられなかった。数量化は複数の患者のエピソードを平均するものであって、そんなことをしていると個々の患者から目をそむけることになると、直感派やメカニズム派の医師たちから批判をうけたというのである。


 津田さんの記述によると、数量化派と、直感派・メカニズム派のこうした論争はこのあと、1830年代のドイツや、20世紀に入ってからのイギリスでも起こったらしい。


 しかしこうした争いはあったものの、「二〇世紀後半に至って、国際的にはこれら三つの根拠の優先順位に関して合意ができた。(略)医学においては、数量化の方法が、医師の個人的経験や実験室の研究結果に優先させるべき科学的根拠になっている。急いで付け加えるが、これは数量化の方法が万能という意味ではない。医学がこれら三つの根拠の上に成り立っていることは事実である。しかし、人間を対象に治療などの行為をする上で科学的根拠になるのは、他の二つではなく数量化なのである」(前掲に同じ)。


 津田さんの説明を読むかぎりでは、1992年、アメリカ医師会雑誌に、EBM宣言とでも言われるべき文章が発表されたこと、これが画期的な転換点になったらしい。EBMとは、Evidence-Based Medicalつまり科学的根拠にもとづいた医学のことである。以後、EBMは世界に普及したという。


 実際、数量化してみると、いままで医学的に推奨されてきた治療法のいくつかが逆に悪効果をもつものであることが明らかになった。その例として本書では瀉血の他に、乳がん治療におけるラディカル乳房切除術や、乳がんに対する早期スクリーニング、一般的な予防のための早期スクリーニング、などをあげられている。また数量化することではじめて、出産にたちあう医師たちの手洗いが、産婦の産褥熱を予防する効果をもつことも確認できたという(手洗いの大事さに最初に気づいた医師の悲劇的な結末についても津田さんは記している)。


 ところがEBM宣言からのこの20年間、日本ではいっこうにEBMが広がらなかった。そのことについて津田さんは本書で怒りを爆発させているのである。


このシリーズは前半と後半の2回に分けてお送りします。

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