(新)Nothing happens to me.

科学の欠点、限界、見落としている大事なもの

ポール・オースター『ガラスの街(シティ・オヴ・グラス)』(ネタバレに少しだけ注意)

 ニューヨークは言わずと知れた、世界の中心である。


 その街角を行きかうひとびとはどういう気分でいるのだろう。彼らは世界中からその都市によせられている、いくたの熱い視線に気づいているのだろうか。その熱い無数の視線のさきにいる自分自身をどう見ているのだろうか。


 街角をいきかう自分たちの一歩一歩が歴史に刻まれているように感じたりしているのだろうか。


 街角のレストランに入って食事をしているとき、映画のワンシーンのなかに入りこんでいるような気分になることがあるのだろうか。


 ふと街角でひとと出くわす。知らないひとだ。視線があう。彼女は顔を少しかしげて、あなたに優しく微笑みかけ、歩みさる。しばらくしてあなたは彼女を映画館で見かけたことがあるのに気づく。それもスクリーン上に。


 有名女優のように誰しもが主人公の街、ニューヨーク、この『ガラスの街』は、輝かしい「世界の表舞台」である。


 そしてポール・オースターが一躍、有名作家になるきっかけとなった三部作の第一作目であるこの小説の舞台がまた、このニューヨークなのである。ニューヨークに住む、しがない作家、ダニエル・クィンは推理小説を書いたりして生活していたが、その彼は小説冒頭、ひょんなことから探偵依頼をうけてしまうのである。


 普段、陰の存在は、その陰の中にいる者以外にはなかなか意識されないもののようである。きらびやかなニューヨークのいっかくをしめる陰の領域を、その陰の中にいるのではない者は普段、ほんの一瞬よこ目で見て通り過ぎるだけである。


「その悲劇は彼女自身のせいで起こった」とひとは言う。責任をはたしてさえいれば、誰しもその陰の領域におちこむことはないと信じこんでいる。そうして、責任をはたたしていても陰のなかに転落するかもしれない、自分自身の可能性から目をつぶって生きている。しかし、そうでもしなければ、毎日が綱渡りになってしまうだろう。綱渡りの日々がこれから何十年もつづくと思いながら、朝を迎えれば、その重さに胸はつぶれてしまうだろう。


 小説の主人公ダニエル・クィンは、小説の舞台である、この街ニューヨークの陰のなかにはまりこむことになるのである。

ガラスの街 (新潮文庫)

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(了)