(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

絵の存在否定

デカルトと科学は「絵の存在否定」から誕生した

*科学は存在同士のつながりを切断してから考える第6回 私がいま空の姿を目の当たりにしているとすると、その姿と、いまこの一瞬の私の「身体の感覚部分」とは、「ひとつの世界絵に共に参加している」と言える。が、それらふたつを、それぞれが現に在る場所…

みなさんの心とその中身の存在しか確実視しない

*科学は存在同士のつながりを切断してから考える第5回 が、私外部(外界)に実在する存在のコピー像を、脳が私内部(意識内)に作ることへと、知覚体験をすり替えると、このような疑いを抱くことになる。 私内部(意識内)に脳によって作られた、映像、音…

みなさんが見ている虹の姿をみなさんの内部に移し替える

*科学は存在同士のつながりを切断してから考える第4回 そして、「絵の存在否定」によって世界からみなさんがたの「身体の感覚部分」が除外されるこのとき、同時に、知覚体験も読み替えられる。 いま前方の光景が私に見えていることから、その光景と、この…

みなさんを世界のなかに入れない

*科学は存在同士のつながりを切断してから考える第3回 科学は「絵の存在否定」によって、「身体の感覚部分」を身体から除外するだけではなく、世界からも除外する。 みなさんがふだん世界と思っておられるもののうちには、みなさんの「身体の物的部分」は…

絵の存在を認めない

*科学は存在同士のつながりを切断してから考える第2回 科学の手にかかると、身体からその一部分である「身体の感覚部分」が除外され、正体不明な意識なるものとされるに至る。 冒頭で科学は存在同士のつながりを切断してから考えると申し上げたように、科…

身体感覚を身体のなかに含めない

*科学は存在同士のつながりを切断してから考える第1回 科学の特徴は、存在同士をたがいに切り離してから考えるところにある。事のはじめに科学は存在同士のあいだの二種類のつながりを切断する。で、そのあとに、新たに考案したつながりで存在同士をつなぎ…