(新)Nothing happens to me.

科学はボタンをかけ違えたまま来たのではないでしょうか。

医学と世間は「闘病」を礼賛する

みなさんにとって「治る」とは苦しくなくなること、「治療」は苦しくなくなるのに役立つものです。副作用・毒性・副反応がある治療を受けるときみなさんは、治療を受ける場合と受けない場合のふたつを想像し、苦しさが最終的にマシになる方をお選びになるでしょう。しかし医学はそうした損得計算を忌み嫌ってきました。正常になるためにどんなに苦しい治療でも黙って受けるべきだとしてきました。苦しさなど正常になるためには我慢してしかるべきものだとしてきました。

異常なひとを無くすことを医学の目的にするのは危険

障害という言葉のどこに差別があるか考える第21回 科学は健康を正常であること、病気を異常であることと定義し、医学を「異常なひとを無くす営み」と考えます。このように「異常なひとを無くす」ことを医学の目的にするのがいかに危険なことか、確認中です。…

異常を正常に矯正することを治療の目的とするのは危険

障害という言葉のどこに差別があるか考える第20回 科学にとって、健康とは正常であること、病気とは異常であること、医学とは「異常なひとを無くす営み」です。 第1部と第2部では(いまは第3部のまっただ中)、科学によるそうした健康、病気の定義づけに…

みなさんは治療を受けるかどうかお決めになる際、損得計算をなさる

身体をキカイ扱いする者の正体は第11回 機械にしか用いることのできない正常異常という振り分けかたを、機械ではない身体に用いるというのは、「世界によって定められたありようを身体が呈していないこと」を問題にすることでした。世界によって身体はみんな…

科学の目には映らなくなるこの世でもっとも大事なもの

治療の苦しみに耐えれば耐えるほど失敗に近づく第1回 先日「科学は存在同士のつながりを切断してから考える*1」と題した文章を書きました。そこで書きましたのは簡単に申しますと、こういうことでした。科学は事のはじめに、存在同士のつながりを切断します…