(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

統合失調症の「朝空が白んできた頃、誰かが郵便ポストに僕の扱いに関する指令を入れていった」「某タレントがすずめの声でテレパシー交信をとり始めた」を理解する(6/6)【統合失調症理解#14-vol.9】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.29


◆(精神)医学も「現実を自分に都合良く解釈する」

 でも(精神)医学は、そうした現実と背反する自信をずっともってきました。(精神)医学の人間理解力は完全無欠であるはずだという自信を、ね? で、その自信に合うよう、現実をこう解してきました。


 小林さんの言動が(精神)医学に理解できないのは、小林さんの言動が「理解不可能」なものだからだ、って。


 いまこう言いましたよ。


「理解可能」である小林さんのことを理解するだけの力が、(精神)医学にはない(現実)。だけど、その(精神)医学自身には、(精神)医学の人間理解力は完全無欠であるはずだという「自信」がある。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように、やはり俺には思われます。

  • A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。

  • B.その背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、(精神)医学はその都度、後者Bの「現実のほうを修正する」手をとってきた。(精神)医学の人間理解力は完全無欠であるはずだとするその自信に合うよう、現実をこう解してきた。


 小林さんの言動が(精神)医学に理解できないのは、小林さんの言動が「理解不可能」なものだからだ、って。


 そうして現実を自分に都合良く解釈してきた


 いまいったことを箇条書きにしてまとめると、こうなります。

  • ①「理解可能」である小林さんのことを理解するだけの力が(精神)医学にはない(現実)。
  • ②その(精神)医学自身には、(精神)医学の人間理解力は完全無欠であるはずだという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、(精神)医学は現実をこう解釈する。「小林さんの言動が(精神)医学に理解できないのは、小林さんの言動が理解不可能なものだからだ。人間の知恵をもってしては永久に解くことのできぬ謎だからだ。了解不可能だからだ」(現実を自分に都合良く解釈する


 小林さんがしきりに「現実を自分に都合良く解釈する」のを全9回にわたり、じっくり見てきましたけど、「現実を自分に都合良く解釈する」のは何も小林さんだけではないということが、いま最後に、実例をもって確認できましたね。(精神)医学も、そうした解釈を、何百万、何千万ものひとたちにたいし、ずっとしてきたわけですね。明日も、明後日も、変わらず、世界各地の診療室で、そうした解釈を何十回としていくわけですね  


 以上、このたびは、(精神)医学に統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきた小林さんに登場してもらい、その小林さんがほんとうは「理解可能」であることを、全9回(vol.1〜vol.9)にわたって実地に確認しました。

  • vol.1(下準備:メッセージを受けとる)

  • vol.2(朝刊からメッセージを受けとる)

  • vol.3(駅名標示から意味、暗号を受けとる)

  • vol.5(謎がついに解ける)

  • vol.6(政府の手先から逃げる)

  • vol.7(帰宅する)

  • vol.8(テレパシーで交信する)






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次回は2週間後、10月19日(月)21:00頃にお目にかかる予定です。


2021年11月8,9日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/6)はこちら。


*前回の短編(短編NO.28)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「朝空が白んできた頃、誰かが郵便ポストに僕の扱いに関する指令を入れていった」「某タレントがすずめの声でテレパシー交信をとり始めた」を理解する(5/6)【統合失調症理解#14-vol.9】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.29


◆全9回をとおして確認できたこと

 さて、ここまで、小林さん本人が、統合失調症を「突然発症した」とされる日とその翌日の模様を、赤裸裸かつ克明に語ってくれているのを、謹聴してきました。大変勉強になりましたね。俺、小林さんにたいする感謝でいっぱいです。自分自身や、世間のひとたちみんなのことを今一度、深く学びなおす貴重な、得がたい機会になりました。


 みなさんはどうでしたか。


(精神)医学はこうした小林さんのことを統合失調症と診断し、「理解不可能」と決めつけてきましたよね。でも、ほんとうに小林さんのことを「理解不可能」であると、みなさん、思いましたか。


 むしろ、「理解可能であると確信したのではありませんか。


 小林さんは単に、みなさんや世間のひとたちがふだんよくやるように、「現実を自分に都合良く解釈していた」にすぎませんね?


 いや、もちろん、小林さんのことをいま完璧に理解し得たと言うつもりは俺にはサラサラありませんよ。反対に、小林さんのことを、多々誤ったふうに決めつけてきてしまったのではないかと、非常に気が咎めてならないくらいですよ。ひとを的確に理解することや、文字で正確に表現することの絶望的なまでのむつかしさに歯ぎしりしながら、胃の辺りを抑えているところですよ。


 だけど、そんないまの考察からでもさすがに十分明らかになりましたよね。小林さんが(精神)医学の見立てに反し、ほんとうは理解可能であるということは?


 みなさんのように、申し分のない人間理解力をもったひとたちになら、小林さんのことが完璧に理解できるということは、いま十分に示せましたね?


 そんな小林さんのことが(精神)医学に理解できないのは、単に(精神)医学の人間理解力が未熟であるということにすぎないと、いま、極めてハッキリしましたね?





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2021年11月8,9日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/6)はこちら。


*前回の短編(短編NO.28)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「朝空が白んできた頃、誰かが郵便ポストに僕の扱いに関する指令を入れていった」「某タレントがすずめの声でテレパシー交信をとり始めた」を理解する(4/6)【統合失調症理解#14-vol.9】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.29


とんねるず木梨がすずめの声で交信しはじめる

 では、先に進みましょう。小林さんはこのあと、すずめの鳴き声を聞いたと言っていました。その鳴き声を聞いているうち、「だんだんそれが日本語に聞こえ始めた」んだ、って。


 それはこういうことだったのかもしれませんね。


 友人ミックからフィル・コリンズまで、ありとあらゆるひとたちとテレパシーで交信できていると思い込んでいた小林さんは、そのすずめの鳴き声もまた、そうしたテレパシーの一種で、誰かからの交信かもしれないとふと思いついた。で、その鳴き声に「木梨か?」と訊いてみた(ひょっとすると、とんねるず木梨なら、すずめの鳴き声で交信しかねないと小林さんは考えたのかもしれませんね)。


 すると偶然すずめがチュンと鳴いた


 だけど小林さんからすると、そんなときにすずめが偶然鳴いたりするはずはなかった。


 いや、いっそ、小林さんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみることにしましょうか。そのとき小林さんには、すずめが鳴いたのが偶然であるはずはないという自信があったんだ、って。


 そのとき偶然すずめが鳴いた(現実)。ところがそのとき小林さんには、すずめが鳴いたのが偶然であるはずはないという「自信」があった。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、先ほども言いましたように、ひとにとり得る手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように、俺には思われます。

  • A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。

  • B.その背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、小林さんはこの場面でも後者Bの「現実のほうを修正する」手をとった。いますずめが鳴いたのが偶然であるはずはないとするその自信に合うよう、小林さんは現実をこう解した。


 すずめがいま鳴いたのが偶然であるはずはない。さては、その鳴き声は木梨からの返事だな。木梨が「すずめの声で僕と交信を取り始めた」んだな、って。


 いまの推測も箇条書きにしてみますね。

  • ①「木梨?」と訊いたとき、すずめが偶然「チュン」と鳴いた(現実)。
  • ②すずめが鳴いたのが偶然であるはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「さてはその鳴き声は、木梨からの返事だな。木梨がすずめの声でボクと交信しはじめたんだな」(現実を自分に都合良く解釈する





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2021年11月8,9日に文章を一部修正しました。


ちょうどいま見た事例も、先ほど同様、もうひとつ別の解した方で見ることができるのではないでしょうか。「勝手にひとつに決めつける」ものと見る見方です。


*今回の最初の記事(1/6)はこちら。


*前回の短編(短編NO.28)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「朝空が白んできた頃、誰かが郵便ポストに僕の扱いに関する指令を入れていった」「某タレントがすずめの声でテレパシー交信をとり始めた」を理解する(3/6)【統合失調症理解#14-vol.9】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.29


◆あるいは勝手にひとつに決めつける

 でも、ここは、こう解したほうがわかりやすいかもしれませんね。


 日中、政府に回されていると思い込んでいた小林さんが帰宅後もずっと、ビクビクしているらしいのを、ここまで確認してきましたよね。ついさっきも、深夜3時に目が覚めたとき、ドア向こうの階段を誰かが駆け降りていく足音を聞いた小林さんがとっさに、「追い回してきている奴らだ!」と閃いたらしいのも見ましたね。そんな小林さんは新聞配達の物音を耳にしたこのときもとっさにこう閃いたのかもしれませんね。


 またボクを追い回している奴らだ! 妹に、ボクの扱いに関する指令でも届けに来たんじゃないか? って。


 でもそう閃いたとき、小林さんは同時にその閃きを疑ってみても良かった。実はそうではないのではないか、って。そうして、別の可能性に思いを致そうとしてみても良かった。


 要するに、追い回してきている奴らが妹さんに指令を届けに来たという可能性と、それを否定する別の可能性とを、小林さんは同時に感じていても良かった。


 だけど小林さんからすると、その郵便の物音を聞いた自分が、そこでとっさに、誤った内容のことを閃いたりするはずはなかった、のではないでしょうか。


 いや、いっそ、小林さんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみることにしましょうか。そのとき小林さんには、自分のその閃きが誤っているはずはないという自信があったんだ、って。


 いま、こう推測しました。こういうことでした。

  • ①新聞配達の物音を聞いて、とっさに、追い回してきている奴らが妹に指令を届けに来たんだと閃いた。
  • ②自分のその閃きが誤っているはずはないという自信があった。


 なら、このあと、どうなります? 小林さんは当然、そのとっさの閃きを全面的に正しいものと信じ込むことになりますね? ボクを追い回してきている奴らが妹に指令を届けに来たにちがいない、って。


 いまの推測をまとめると、こうなります。

  • ①新聞配達の物音を聞いてとっさに、ボクを追い回してきている奴らが妹に指令を届けに来たんだと閃く(とっさに一可能性を思いつく)。
  • ②自分のその閃きが誤っているはずはないという自信がある(他の可能性を不当排除する)。
  • ③その閃きを全面的に正しいと信じ込む(勝手にひとつに決めつける/現実を自分に都合良く解釈する)。





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2021年11月8,9日に文章を一部修正しました。


いま、ひとつの事例をふたつの解し方で見ました。そのふたつの解し方についてはつぎの記事で簡単にまとめました。


*今回の最初の記事(1/6)はこちら。


*前回の短編(短編NO.28)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「朝空が白んできた頃、誰かが郵便ポストに僕の扱いに関する指令を入れていった」「某タレントがすずめの声でテレパシー交信をとり始めた」を理解する(2/6)【統合失調症理解#14-vol.9】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.29


 いまこう推測しました。振り返ってみますね。


 朝の4時ころ、新聞配達の物音がした(現実)。しかし小林さんには、ふつうこんな時刻にひとが配達に来ているはずはないという「自信」があった。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとり得る手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように、俺には思われます。

  • A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。

  • B.その背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、その場面でも小林さんは後者Bの「現実のほうを修正する」手をとった。ふつうこんな時刻にひとが配達に来ているはずはないとするその自信に合うよう、小林さんは現実をこう解した。


 誰かが何か特別なものをもって来たようだな。政府の命を受けた誰かが「妹に、僕の扱いに関する指令を届け」に来たにちがいないな。


 箇条書きにしてまとめると、こうなります。

  • ①新聞配達の物音がした(現実)。
  • ②ふつうこんな時刻にひとが配達に来ているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「誰かが何か特別なものをもって来たようだな。政府の命を受けた誰かが妹に、ボクの扱いに関する指令を届けに来たにちがいないな」(現実を自分に都合良く解釈する





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2021年11月8,9日に文章を一部修正しました。


*前回の短編(短編NO.28)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「朝空が白んできた頃、誰かが郵便ポストに僕の扱いに関する指令を入れていった」「某タレントがすずめの声でテレパシー交信をとり始めた」を理解する(1/6)【統合失調症理解#14-vol.9】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.29

あらすじ
 小林和彦さんの『ボクには世界がこう見えていた』(新潮文庫、2011年)という本をとり挙げさせてもらって、今回で9回目、最後になります。

 小林さんが統合失調症を「突然発症した」とされる日とその翌日の模様を見てきました。

 統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたその小林さんが、(精神)医学のそうした見立てに反し、ほんとうは「理解可能」であることを、全9回にわたり、実地にひとつひとつ確認してきました。

  • vol.1(下準備:メッセージを受けとる)
  • vol.2(朝刊からメッセージを受けとる)
  • vol.3駅名標示から意味、暗号を受けとる)
  • vol.4早稲田大学で学生3人組と会話する)
  • vol.5(謎がついに解ける)
  • vol.6(政府の手先から逃げる)
  • vol.7(帰宅する)
  • vol.8(テレパシーで交信する)

 

今回の目次
・新聞配達の物音を聞き間違える
・あるいは勝手にひとつに決めつける
とんねるず木梨がすずめの声で交信しはじめる
・全9回をとおして確認できたこと
・(精神)医学も「現実を自分に都合良く解釈する」


◆新聞配達の物音を聞き間違える

 統合失調症を「突然発症した」とされる日の翌日、7月25日(金)、助言を求めて訪れた母校、早稲田大学からなんとか帰宅した小林さんは、深夜、午前3時頃に目が覚めたあと、ひととテレパシーで交信しはじめたとのことでしたね。


 そのつづきを見ていきますよ。

 そうこうしているうちに空が白んできた。郵便屋らしきバイクの音が四五回して家の前に停まって何か郵便物をポストに入れては去っていった。妹に、僕の扱いに関する指令を届けているんだと思った。すずめが鳴き始めた。最初は訳のわからないすずめの声だったが、だんだんそれが日本語に聞こえ始めた。


「木梨か?」


 と聞くと、


「チュン(はい)」


 と答えた。木梨憲武はこれ以降すずめの声で僕と交信を取り始めたのだ(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、pp.130-131、ただしゴシック化は引用者による)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 7月、空が白んでくるころと言えば、朝の4時くらいでしょうか。配達人が「何か郵便物をポストに入れては去っていった」と書いてありました。物音から小林さんはそう推測したのでしょうけど、おそらくそれは、早朝に起きているひとなら誰しもよく知っている、新聞配達の物音だったのではないでしょうか。


 だけど、それが新聞配達の音だとは、小林さんには思いもつかなかったのかもしれませんね。小林さんからすると、そんな時刻にひとが配達にきたりするはずはなかった、のかもしれませんね。


 いや、いっそ、小林さんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、いつものように、こう言い換えてみることにしましょうか。そのとき小林さんには、ふつうならこんな時刻にひとが配達に来ているはずはないという自信があったんだ、って。


 で、その自信に合うよう、小林さんは現実をこう解した。


 誰かが何か特別なものをもって来たようだな。政府の命を受けた誰かが「妹に、僕の扱いに関する指令を届け」に来たにちがいないな。





         (1/6) (→2/6へ進む

 

 




2021年11月8,9日に文章を一部修正しました。


*このシリーズは全9回でお送りしてきました。

  • vol.1

  • vol.2

  • vol.3

  • vol.4

  • vol.5

  • vol.6

  • vol.7

  • vol.8(前回)


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「友人、某タレント、某大物世界的ミュージシャンと、次々にテレパシーで交信した」を理解する(7/7)【統合失調症理解#14- vol.8】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.28


 いまさっき、こう言いましたよね。小林さんは何かの拍子に、ふだんよく耳にするフィル・コリンズの曲を頭のなかでつい再生してしまったのかもしれませんね、って。


 でも、小林さんからすると、自分がその場面で、そんなことをしたりするはずはなかった。


 いや、小林さんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、愚直にこう言い換えてみることにしましょうか。そのとき小林さんには、自分がフィル・コリンズの曲を頭のなかで再生しているはずはないという「自信」があったんだ、って。


 で、その自信に合うよう、小林さんは、現実をこう解した。


 フィル・コリンズの曲がボクの頭のなかに流れてきた。さては、フィル・コリンズがわざわざ交信してきてくれたんだな。そして「僕の心臓の鼓動を支えるようにドラムを叩いてくれ」ているんだな、って。


 いまの推測をふり返ってみますよ。


 小林さんはフィル・コリンズの曲を頭のなかで再生していた(現実)。しかしその小林さんには、自分がそんなことをしているはずはないという「自信」があった。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかなのではないかと俺には思われて、仕方がありません。

  • A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。

  • B.その背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、この場面でも小林さんは後者Bの「現実のほうを修正する」手をとった。すなわち、自分がフィル・コリンズの曲を頭のなかで再生しているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解した。


 フィル・コリンズの曲がボクの頭のなかに流れてきた。さては、フィル・コリンズがわざわざ交信してきてくれたんだな。そして「僕の心臓の鼓動を支えるようにドラムを叩いてくれ」ているんだな。


 箇条書きにしてみるとこうなります。

  • フィル・コリンズの曲を頭のなかで再生している(現実)。
  • ②そんなことをしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「さては、フィル・コリンズがわざわざ交信してきてくれたんだな。そして『僕の心臓の鼓動を支えるようにドラムを叩いてくれ』ているんだな」(現実を自分に都合良く解釈する





6/7に戻る←) (7/7) (→次回短編へつづく

 

 




2020年9月29日に表現を一部変更しました。また2021年10月17日に文章を一部修正しました。


次回は10月5日(月)21:00頃にお目にかかります。


*今回の最初の記事(1/7)はこちら。


*このシリーズは全9回でお送りします(今回はvol.8)。

  • vol.1

  • vol.2

  • vol.3

  • vol.4

  • vol.5

  • vol.6

  • vol.7(前回)

  • vol.9(次回)


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。