*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.28
あらすじ
小林和彦さんの『ボクには世界がこう見えていた』(新潮文庫、2011年)という本をとり挙げさせてもらって、今回で8回目です(全9回)。
小林さんが統合失調症を「突然発症した」とされる日の模様からはじめ、現在はその翌日を見ているところです。
統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたその小林さんが、(精神)医学のそうした見立てに反し、ほんとうは「理解可能」であることを、実地にひとつひとつ確認しています。
今回の目次
・ミックとテレパシーで会話する
・テレパシーでの交信の仕方
・とんねるず木梨憲武とテレパシーで交信する
・同時に自分の閃きを疑う
・フィル・コリンズも交信に加わってくる
◆ミックとテレパシーで会話する
統合失調症を「突然発症した」とされる日の翌日、7月25日(金)、助言を求めて訪れた母校、早稲田大学からなんとか帰宅した小林さんが、午前3時頃に目を覚ましたところまでを見ましたよね。
今回はそのつづきから、です。
また寝ようとしたが、すっかり頭が冴えてしまって、夜の気に影響されてか、僕はまた様々なことを考え始めた。詳しいことは覚えていないが、僕の考えを皆に伝える最もいい方法を模索していたようだ。
突然テレパシーのようなもので誰かと交信がつながった。昼間も聞こえたミック〔引用者注:小林さんの友人〕の声のようなものだった。声は耳からではなく、頭の中に直接入ってきた。これがテレパシーというものかと思い、幻聴だとは全く思わなかった。
後にミックは、この日は午前四時ごろまで起きていたが、僕とテレパシーで会話した覚えはないと言った。僕はそれならミックの守護霊と会話していたんだろうと解釈し、幻聴を認めなかった(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、p.127、ただしゴシック化は引用者による)。
これまで、ミックという名のこの友人は度々出てきましたね。ミックは小林さんにとって、真っ先に思い浮かぶ「味方」なのかもしれませんね。そのミックとテレパシーで交信したといま小林さんは言っていました。でも、後日ミック本人に訊いてみると、そんな交信をした覚えはないと否定した。
おそらく小林さんは、ミックとそうした交信をしたと思い違いしていただけですね? だけど、小林さんからすると、あの夜あの場面で、自分が思い違いをしたりするはずはなかった。
いや、いっそ、小林さんのその見立てを、少々語弊があるかもしれませんけど、例によって例のごとく、こう言い換えてみることにしましょうか。小林さんには自信があったんだ、って。ミックとたしかにテレパシーで交信したはずだという自信が、って。
ミックは、小林さんと交信した覚えはないと言っている(現実)。が、小林さんには、たしかにミックと交信したはずだという「自信」がある。このように「現実」と「自信」とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、やはり、つぎのふたつのうちのいずれかであるように、俺には思われます。
- A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
- B.その背反を解消するために、「現実」のほうを、「自信」に合うよう修正する。
では、もしその場面で小林さんが前者Aの「自信のほうを訂正する」手をとっていたら事はどうなっていたか、ちょっと想像してみましょうか。
もしとっていたら、小林さんは、こんなふうに「自信」を改めることになっていたのではないかと、みなさん思いません?
ミックとテレパシーで交信したというのはボクの思い違いだったようだな、って。
でも、小林さんがその場面でも実際にとったのは後者Bの「現実のほうを修正する」手だった。すなわち、小林さんは、ミックとたしかにテレパシーで交信したはずだとするその自信に合うよう、現実をこう解した。
「それならミックの守護霊とテレパシーで会話していたんだろう」
箇条書きにしてまとめてみますよ。
- ①ミックは小林さんとテレパシーで交信した覚えはないと言っている(現実)。
- ②たしかにミックとテレパシーで交信したはずだという自信がある(現実と背反している自信)。
- ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「それならミックの守護霊とテレパシーで会話していたんだろう」(現実を自分に都合良く解釈する)
が、それにしてもなぜ小林さんは、テレパシーで交信していると思ったのでしょうね? ミックとの交信については詳しいことは何も記されていませんでしたけど、引用文のつづきにはこう書いてありますよ。
2020年9月29日に表現を一部変更しました。また2021年10月16,17日に文章を一部修正しました。
*このシリーズは全9回でお送りします(今回はvol.8)。
*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。