(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

統合失調症の「テレビで自民党大物政治家が僕のことで喜ぶ」「アナウンサーがニュースで僕のことを仄めかす」「夜中の誰かが階段を駆け降りていった音は、睡眠中に僕の脳波をはかっていた者の慌てて逃げていく足音だった」を理解する(5/6)【統合失調症理解#14-vol.7】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.27


 でも、それと同時に、そうした自分の閃きや発想が疑わしく思えてきても何らおかしくはなかったのではないでしょうか。要するに、その足音は実は珍しく階上にやって来ていた妹のものだったのかもしれないと、他の可能性にもおのずと思いを致すことになっていても何ら不思議はなかったのではないでしょうか。


 実際、小林さんのことを案じて、妹さんが様子を見に来ていたのかもしれませんよね(もしくは、夢のなかで足音を聞いただけかもしれませんけど)。


 しかし、そのとき家のなかには他に妹さんしかいなかったにもかかわらず、小林さんからすると、その時刻に妹さんがその階段を駆け降りたりするはずはなかった。いや、いっそ、小林さんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみることにしましょうか。そのとき小林さんには、妹がその階段を駆け降りているはずはないという自信があったんだ、って。


 いまこう推測しましたよ。


 深夜、ドア向こうの階段を駆け降りていく足音を聞いてギョッとし、とっさにつけ回してきている奴らではないかと閃いた


 家のなかには他に妹さんしかいなかったが、妹さんがその階段を駆け降りているはずはないという自信がそのとき小林さんにはあった、って。


 なら、そんな小林さんは最終的にその足音をつけ回してきている奴らのものにちがいないと決めつけることになりますね?


 いまの推測を箇条書きにしてまとめるとこうなります。

  • ①政府に日中つけ回されたと思い込んでビクビクしていた小林さんは、夜中、「誰かがあわててドアの向こうの階段を駆け降りていく音がした」のを聞き、つけ回してきている奴らではないかと、とっさに閃く(とっさに一可能性を思いつく)。
  • ②妹さんがその階段を駆け降りているはずはないという自信がある(他の可能性を不当排除する)。
  • ③当初の閃きにしたがって、足音を、つけ回してきている奴らのものだと決めつける(勝手にひとつに決めつける/現実を自分に都合良く解釈する)





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2020年9月22日、2021年10月5,7日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/6)はこちら。


*前回の短編(短編NO.26)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「テレビで自民党大物政治家が僕のことで喜ぶ」「アナウンサーがニュースで僕のことを仄めかす」「夜中の誰かが階段を駆け降りていった音は、睡眠中に僕の脳波をはかっていた者の慌てて逃げていく足音だった」を理解する(4/6)【統合失調症理解#14-vol.7】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.27


◆誰かがあわててドア向こうの階段を駆け降りていく

 さらに先に進みますよ。このあと、小林さんはお風呂に入り、テレビを見ます。そのときのことを小林さんはこう書いています。


「翌日は六時起きなので早めにベッドに入った。もう不安感は全くなく、ぐっすり眠れると思っていた。ところがこのベッドの中で、昼間に勝るとも劣らない異常な体験をする破目になるのである」(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、p.125)。

 

 

 そのように小林さんには、「ぐっすり眠れる」はずだという「自信」があった。でも、早稲田大学で日中に起こったことを先に詳しく見ましたよね。小林さんは、時の内閣に監視され、果ては殺されるかもしれないと逃げ惑っていましたね。そして帰宅後も、小林さんはまだかなり動転しているように、いま見受けられていませんか。その夜、小林さんが「ぐっすり眠れる」とはなかなか考えにくいことではありません?


 実際、小林さんはこのあと、「ぐっすり眠れ」はしないわけです(現実)。ここでも小林さんの「自信現実」はそうして背反します


 その顛末を見ていきましょう。

 さすがに今日一日の体験で疲れたか、最近になく早く眠りについた。どんな夢を見たかも夢を見たかどうも覚えていない。


 突然午前三時頃、目が覚めた。これ以降、朝になって妹が起こしに来るまで、僕は全く眠っておらず、その間にあったことは断じて夢ではなく、現実に起こったことだ。人は「夢でも見ていたんだろう」と言うが、それだけは否定する。


 目が覚めたとたん誰かがあわててドアの向こうの階段を駆け降りていく音がした僕はこの家の中に妹以外の人間がいて彼は眠っている間の僕の脳波をどういう方法でかは知らないが調べていたのだろうと思ったそして僕が目覚めてしまったため、正体がばれることを恐れ、あわてて撤収したのだろう。起きてドアを開けて一階に行けば確かめられるが、なぜかそれをしてはいけないという自制心が働き、僕はベッドから出なかった。別に金縛り状態ではなかったと思う(同書p.126、ただしゴシック化は引用者による)。


 午前3時頃に目が覚めたとき、「誰かがあわててドアの向こうの階段を駆け降りていく音がした」とのことでしたね。それを聞いた小林さんは、「この家の中に妹以外の人間がいて、彼は眠っている間の僕の脳波を、どういう方法でかは知らないが調べていたのだろうと思った。そして、僕が目覚めてしまったため、正体がばれることを恐れ、あわてて撤収したのだろう」と推測したとのことでしたね。


 ここでも、さっきのふたつの場面とおなじことが起こっている気が、みなさん、しませんか。


 殺し屋に追われているひとが、ちょっとした物音にもビクッと反応し、「殺し屋が来た!」と身構えるように、政府に日中つけ回されたと思い込んでビクビクしていた小林さんは、深夜、誰かがドア向こうの階段を駆け降りていく足音を聞いてギョッとしとっさにつけ回してきている奴らではないかと閃いたのかもしれませんね。


 で、瞬時に、「彼は眠っている間の僕の脳波を、どういう方法でかは知らないが調べていた」のでは、と思いついたのかもしれませんね。


 そりゃあ、日中、政府に追われていたと思い込んでいたら、ふとそんな発想が湧いてきても何ら不思議はありませんよね?





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2021年10月5,7日に文章を一部修正しました。


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*前回の短編(短編NO.26)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「テレビで自民党大物政治家が僕のことで喜ぶ」「アナウンサーがニュースで僕のことを仄めかす」「夜中の誰かが階段を駆け降りていった音は、睡眠中に僕の脳波をはかっていた者の慌てて逃げていく足音だった」を理解する(3/6)【統合失調症理解#14-vol.7】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.27


◆宮崎キャスター「一人が発狂しました」

 さらに、テレビでは「宮崎緑キャスターが、『アミノ酸製剤を四人に投与したところ、一人が発狂しました』という意味不明のニュースを報じた」と小林さんは言っていました。「『発狂』という言葉を聞いて、これも僕に関わるニュースだな、と直感した」とのことでしたね。


 いまにもまた自分のことが報じられるのではないかとビクビクしながらテレビを見ていた小林さんは、キャスターが「発狂」と言ったのを聞いたと思ったこのときも、とっさに自分のことを言っているんじゃないかと閃いたのかもしれませんね。


 でも、そのニュースが、小林さんのことを仄めかしていない、ただのニュースにすぎなかったことはほぼ確実ではないでしょうか。宮崎キャスターは「発狂」ではなく、「発症」と言ったのではないかと、みなさん、思いません? 報道番組でキャスターが「発狂」という差別用語を使うことはあり得ませんし、ここは文脈からして「発症」という言葉がぴったりくるような気が、みなさん、しませんか。


 小林さんが単に「発狂」と聞き違いをしただけで、おそらくキャスターはただのニュースを読んだにすぎませんね?


 だけど、小林さんからすると、そこで自分がそんな聞き間違いをするはずはなかった。いや、いっそ、小林さんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてみることにしましょうか。小林さんにはそのとき、聞き間違いをしているはずはないという自信があったんだ、って。


 いまこう推測しました。


 キャスターが「発症」と言ったのを「発狂と聞き間違えとっさにボクのことを言っているんじゃないかと閃いた


 しかし、自分が聞き間違いをしているはずはないという自信があった。


 では、そんな小林さんはそのあとどうしたのか。


 キャスターが「発狂」という言葉をわざわざ使った理由が他に思い浮かばず、やっぱりキャスターはボクのことを言っていると決めつけたということなのではないでしょうか。


 箇条書きにして言うと、こういうことです。

  • ①いまにもまた自分のことを報じられるのではないかとビクビクしながらテレビを見ていた。そんなところで、キャスターが「発症」と言ったのを「発狂」と聞き違え、とっさに、ボクのことを言っているんじゃないかと閃く(とっさに一可能性を思いつく)。
  • ②自分が聞き違いをしているはずはないという自信がある(他の可能性を不当排除する)。
  • ③当初の閃きにしたがって、キャスターはボクのことを言っていると決めつける(勝手に一つに決めつける/現実を自分に都合良く解釈する) 





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2020年9月22日、2021年10月5,7日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/6)はこちら。


*前回の短編(短編NO.26)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「テレビで自民党大物政治家が僕のことで喜ぶ」「アナウンサーがニュースで僕のことを仄めかす」「夜中の誰かが階段を駆け降りていった音は、睡眠中に僕の脳波をはかっていた者の慌てて逃げていく足音だった」を理解する(2/6)【統合失調症理解#14-vol.7】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.27


◆同時に他の可能性にも思いをはせる

 だけど、どうですか。いま引き合いに出した、ちょっとした物音にもビクっと反応し、「殺し屋が来た!」と身構えたガンマンは、急いでホルダーから拳銃をとり出したあと、隠れている樽の陰で、どうしますか?


 そのとっさの「殺し屋が来た!」とする判断は実は誤りだったのではないかと疑ってもみるのではありませんか。要するに、さっきの物音は単に風で小屋が揺れて立ったものにすぎないのではないかとかと、他の可能性にも思いを巡らせてみるのではありませんか。


 そうして、殺し屋が来たという可能性と、来ていないという可能性の両方を同時に感じながら、息を詰めるのではありませんか。


 でも、ブラウン管まえにいた小林さんには他の可能性(宮沢氏が小林さんのこと以外で喜んでいる可能性)などあるはずがないと思われていたのではないでしょうか。


 ほら、小林さんはこう書いていましたよね。宮沢氏は「こんなに嬉しいことはありません」とニコニコ顔で言っていたが、自分には「当時そんなに明るいニュースが〔引用者補足:他に〕あったとは思え」なかった、って。つまり、小林さんからすると、その場面で宮沢氏が、小林さんのこと以外で喜んでいるはずはなかったわけですね?


 要するに、そのとき小林さんには、宮沢氏がボクのこと以外で喜んでいるはずはないという自信があったわけですね?


 いまこう推測しました。簡単に振り返ってみますよ。


 宮沢氏がテレビで「こんなに嬉しいことはない」と言っているのを聞き、とっさに、ボクのことを言っているんじゃないか(ボクのことを喜んでいるんじゃないか)と閃いた。


 そしてそのとき小林さんには、宮沢氏がボクのこと以外で喜んでいるはずはないという根拠のない自信があった。


 なら、その後、小林さんがどういう判断を下すことになるかは、もう明白ですね。


 小林さんは、宮沢氏はボクのことで喜んでいると決めつけることになりますね?


 いまの推測を箇条書きにしてまとめてみます。

  • ①いまにもテレビで自分のことが報じられるのではないかとビクビクしていた。そんなところで、自民党の大物政治家である宮沢氏が「ニコニコ顔でインタビューに応じ」、「『こんなに嬉しいことはありません』と言ってい」るのを聞き、とっさに、ボクのことを喜んでいるんじゃないかと閃く(とっさに一可能性を思いつく)。
  • ②宮沢氏がボクのこと以外で喜んでいるはずはないという自信がある(他の可能性を不当排除する)。
  • ③当初の閃きにしたがって、「宮沢氏はボクのことを喜んでいるにちがいない」と決めつける(勝手に一つに決めつける/現実を自分に都合良く解釈する)





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2020年9月22日、2021年10月5,7日に文章を一部修正しました。


*前回の短編(短編NO.26)はこちら。


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「テレビで自民党大物政治家が僕のことで喜ぶ」「アナウンサーがニュースで僕のことを仄めかす」「夜中の誰かが階段を駆け降りていった音は、睡眠中に僕の脳波をはかっていた者の慌てて逃げていく足音だった」を理解する(1/6)【統合失調症理解#14-vol.7】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.27

あらすじ
 小林和彦さんの『ボクには世界がこう見えていた』(新潮文庫、2011年)という本をとり挙げさせてもらって、今回で7回目です(全9回)。

 小林さんが統合失調症を「突然発症した」とされる日の模様からはじめ、現在はその翌日を見ているところです。

 統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたその小林さんが、(精神)医学のそうした見立てに反し、ほんとうは「理解可能」であることを、実地にひとつひとつ確認しています。

  • vol.1(下準備:メッセージを受けとる)
  • vol.2(朝刊からメッセージを受けとる)
  • vol.3駅名標示から意味、暗号を受けとる)
  • vol.4早稲田大学で学生3人組と会話する)
  • vol.5(謎がついに解ける)
  • vol.6(政府の手先から逃げる)

 

今回の目次
自民党宮沢氏「こんなに嬉しいことはありません」
・同時に他の可能性にも思いをはせる
・宮崎キャスター「一人が発狂しました」
・誰かがあわててドア向こうの階段を駆け降りていく
・正体を確かめに行ってはいけない


自民党宮沢氏「こんなに嬉しいことはありません」

 さあ、引用のつづきをもうしばらくのあいだ、見させてもらいますよ。


 小林さんが、統合失調症を「突然発症した」とされる日の翌日、7月25日(金)に、母校、早稲田大学を訪れ、CIAもくしは内閣調査部につけ回されていると誤解して逃げ惑うことになったところまでを見ましたよね。


 小林さんはその後、なんとか電車を乗り継いで帰宅します。

 テレビをつけると、『ニュースセンター9時』をやっていた。途中からだったので何のニュースかわからなったが、自民党の宮沢さんがニコニコ顔でインタビューに応じてこんなに嬉しいことはありませんと言っていた。当時そんなに明るいニュースがあったとは思えず、僕が現実の本当の姿に気づいたことがこの人はそんなに嬉しいのかと思った。


宮崎緑キャスターが
、「アミノ酸製剤を四人に投与したところ一人が発狂しましたという意味不明のニュースを報じたが、「発狂」という言葉を聞いて、これも僕に関わるニュースだな、と直感した(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2010年、p.123、ただしゴシック化は引用者による)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 小林さんが帰宅してテレビをつけるとニュースをやっていて、「自民党の宮沢さんがニコニコ顔でインタビューに応じ」、「『こんなに嬉しいことはありません』と言っていた」とのことでしたね。で、それを聞いた小林さんは、「当時そんなに明るいニュースがあったとは思えず、僕が現実の本当の姿に気づいたことがこの人はそんなに嬉しいのかと思った」とのことでしたね。


 ひょっとすると、このとき小林さんは、いまにも自分のことが報じられるのではないかとビクビクしながらテレビを見ていたのかもしれませんね。だって、日中、早稲田大学で小林さんの身に起こったことは大事件ではありませんでしたか? 途中、「すれ違う人が皆、僕に殺意を持っているような気がして、『殺さないでください。殺さないでください』と会う人会う人に頼みながら歩いて行った」(同書p.117)というくらいでしたものね?


 そんなふうにビクビクしながらテレビを見ていた小林さんは、宮沢氏が「こんなに嬉しいことはありません」と言っているのを聞いてとっさに自分のことを言っているんじゃないかと閃いたのかもしれませんね。


 もしかすると、宮沢氏は「僕が現実の本当の姿に気づいたこと」を喜んでいるんじゃないか、って。


 言ってみれば、こういうことですよ。いまにも殺し屋に殺されるのではないかと怯えているひとが、ちょっとした物音にもビクッとして、「殺し屋が来たんじゃないかと身構えるように(そういうものなのではありません?)、いまにも自分のことが報じられるのではないかとビクビクしながらテレビを見ていた小林さんは、宮沢氏のその発言を聞き、とっさに、「自分のことを言っているんじゃないかと身を固くしたのではないか、ということですよ。


 このとき小林さんはまだかなり動転していたのではないかと俺、想像します(政府につけ回されているということであれば、誰だってそうなりません?)。





         (1/6) (→2/6へ進む

 

 




2021年10月5,7日に文章を一部修正しました。


*このシリーズは全9回でお送りします(今回はvol.7)。

  • vol.1

  • vol.2

  • vol.3

  • vol.4

  • vol.5

  • vol.6(前回)

  • vol.8(次回)

  • vol.9


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「通りかかった男女が、あっちに行けば楽なのにね、とささやいた」「おかもちの中からとり出した割り箸には意味があるはずだった」を理解する(5/5)【統合失調症理解#14-vol.6】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.26


◆ここまでを簡単に振り返る

 先の引用の直後をさらに見ていきますよ。とうとう小林さんは、悪意あるその「何者か」にどん詰まりまで追い詰められてしまいます。

 僕は心底疲れ、往来の真ん中で大声で叫んだ。(略)僕は、僕に課せられたこの試練はCIAか内閣調査部の仕業だと思い、


「田中(角栄)さーん、竹下(登)さ―ん、勘弁してくださいよ!」


 と叫んでしまったのだ(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、p.118、ただしゴシック化は引用者による)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 さあ、いま、ひと区切りつきました。ここでいったん立ち止まってみますね。


 ここまで、小林さんが統合失調症突然発症したとされる日と、その翌日の途中までを見てきました。


 小林さんは、7月24日(木)、同僚が会社にもってきた新聞に、国が「国家機密法」の国会再提出に熱意を見せていると書いてあるのを読んで、国がついにボクのことを守ろうと動き出したと本気で思い込んだ。で、その翌日、助言を求めて早稲田大学を訪れ、ちょうどいま見ましたように、CIAもしくは内閣調査部につけ回されていると逃げ惑うことになった、ということでしたね。


 その間の小林さんの言動は
、見てきましたように、(精神)医学に、統合失調症の症状と見なされ、「理解不可能と決めつけられるだろうものばかりでしたね。


 でも、どうでした? 小林さんのそうした言動は、ほんとうに「理解不可能」であると、みなさん、思われました?


 むしろ、「理解可能であると確信されたのではありませんか。


 小林さんは、みなさんや世間のひとたちが、ふだんついしてしまうのとおなじように、「現実を自分に都合良く解釈していた」にすぎませんね? そして、ふだんみなさんにもよくあるように、そのことに気づいていなかっただけですね?


 みなさん、ようく自分自身のことをふり返ってみてくださいよ。あまりにも「現実を自分に都合良く解釈してしまった」と後で気づく場面が、日々ありませんか。もしくは、みなさん、周囲のひとたちのことを考えてみてくれますか。どうですか。多くのひとたちが、ふだんしきりに「現実を自分に都合良く解釈している」のに思い当たりはしませんか。


 いや、もちろん、いま小林さんのことを完璧に理解し得たと言うつもりは俺にはサラサラありませんよ。正直なところ、多々誤ったふうに小林さんのことを決めつけてきてしまったのではないかと、気が咎めてならないくらいですよ。


 でも、さすがに十分明らかになっていますよね? ここまで見てきた小林さんの言動がほんとうは理解可能であるということは。


 みなさんのように、申し分のない人間理解力をもったひとたちになら、ここまで見てきた小林さんの言動が完璧に理解できるということは、ね?


(精神)医学はこうした小林さんのことを理解できてはきませんでした。だけどそれは単に、小林さんのことを理解するだけの力が(精神)医学にはないということにすぎないと、もはやハッキリしましたね?





4/5に戻る←) (5/5) (→次回短編へつづく

 

 




次回は9月21日(月)21:00頃にお目にかかります。


2021年10月1,2日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/5)はこちら。


*このシリーズは全9回でお送りします(今回はvol.6)。

  • vol.1

  • vol.2

  • vol.3

  • vol.4

  • vol.5(前回)

  • vol.7(次回)

  • vol.8

  • vol.9


*このシリーズ(全43短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「通りかかった男女が、あっちに行けば楽なのにね、とささやいた」「おかもちの中からとり出した割り箸には意味があるはずだった」を理解する(4/5)【統合失調症理解#14-vol.6】

*短編集「統合失調症と精神医学と差別」から短編NO.26


◆そば屋のおかもちから割り箸をとり出した時

 どんどん先に進みます。さっきの引用の直後を見ますね。小林さんはその悪意ある「何者か」にジリジリと追い詰められていきます。

ところがその路地は工事中で、大きな石ころが今にも崩れかかってくるように積まれていたのだ。僕はそこを避け、しかたなく人通りの多いグラウンド坂下へ向かって言った。


すれ違う人が皆、僕に殺意を持っているような気がして、「殺さないでください。殺さないでください」と会う人会う人に頼みながら歩いて行った。相手は僕に会釈するような態度をとったが、今にして思えば、僕を「アブナイ人」と判断し、目をそむけていたのだろう。



 何を思ったか近くに止まったそば屋のバイクのおかもちを開け中から数本の割り箸を取り出しその意味するものを必死で考えたそれも何かの暗号のはずだったしかし意味はわからなかった


今、手に持っているプラパズル〔引用者注:おもちゃ〕の全組み合わせを完成させれば、この地獄から逃げられるかもしれないと思ったが、それは不可能で、絶望感を高めるだけだった(小林和彦『ボクには世界がこう見えていた』新潮文庫、2011年、pp.117-118、ただしゴシック化は引用者による)。

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

ボクには世界がこう見えていた―統合失調症闘病記 (新潮文庫)

  • 作者:小林 和彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫
 


 小林さんは、それで何かができると考え、「近くに止まったそば屋のバイクのおかもちを開け、中から数本の割り箸を取り出し」たのかもしれませんね。だけどそれは追い詰められてとっさにとった、「意味の無い行動にすぎなかった現実)。せっぱ詰まったとき、そうした「意味の無い」行動をついとってしまうこと、みなさん誰しも、ありませんか(もちろん俺はありますよ)?


 でも、小林さんからすると、自分がそこで、「意味の無い」行動をとったりするはずはなかった。いや、いっそ、小林さんのその見立ても、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてしまいましょうか。そのとき小林さんには自信があったんだ、って。自分が意味の無い行動をとっているはずはないという自信が、って。


 小林さんはせっぱ詰まって、とっさに「意味の無い」行動をとった(現実)。ところが、その小林さんには、自分が「意味の無い」行動をとっているはずはないという「自信」があった。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われて仕方ありません。

  • A.その背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。

  • B.その背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、小林さんはこの場面でも、後者Bの「現実のほうを修正する」手をとった。すなわち、自分が「意味の無い」行動をとっているはずはないとするその自信に合うよう、現実をこう解した。


 割り箸をとったことに「意味はあった」。ただその意味が自分には解読できないだけだ、って。


 ほら、現にこう言っていましたよね? 「それ〔引用者注:おかもちのなかから割り箸をとり出すこと〕も何かの暗号のはずだった。しかし、意味はわからなかった」って。


 いま確認したことを、箇条書きにしてまとめるとこうなります。

  • ①そば屋のバイクのおかもちを開け、中から数本の割り箸をとり出すという「意味の無い」行動を、せっぱ詰って、ついとってしまった(現実)。
  • ②自分が「意味の無い」行動をとっているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「割り箸をとり出したこと、『それも何かの暗号のはずだった。しかし、意味はわからなかった』」(現実を自分に都合良く解釈する





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2021年10月1,2日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/5)はこちら。


*前回の短編(短編NO.25)はこちら。


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