(新)Nothing happens to me.

科学には人間を理解することが絶対にできない理由がある

統合失調症の「わたしはエスパーだ」「頭のなかを監視されている」を理解する(3/10)【統合失調症理解#3】

*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.10


◆場面2‐Ⅰ(ひとに言い当てられた)

 すると

 そんなある日、朝礼で、突然、私の考えていることが相手に伝わり、言い当てられるという出来事が起こりました。とにかく驚きでいっぱいでした。


 その後、私の考えていることがみんなに言い当たられるようになり「Aさんはエスパーだ」と言われるようになりました。三〇〇人の従業員全員に私の自分の考えが一挙に伝わり、エスパーだという噂が広がっていきました。


 この場面については特にいろんな想像ができるかと思いますが、俺はひとまずつぎの3種類の想像をしました。

  • Ⅰ.Aさんの考えがひとに言い当てられたというのが事実である場合
  • Ⅱ.Aさんが、自分の考えをひとに言い当てられたと「思い込んでいる」だけの場合
  • Ⅲ.その他


 いまからこれらを順にひとつずつ見ていきますね。ちなみにこの3つのなかで俺が一番真相に近いといまのところ睨んでいるのはⅢであると、先に言っておきますよ。


 では、Ⅰを見てみます。表情や、仕草、振る舞い、そのときの状況などから、他人の考えていることがわかることって、ときどきありますよね。実際みなさんも、表情や仕草やそのときの状況などから、他人の考えを見抜いたことや、逆に考えを見抜かれたことがあるのではありませんか。


 Aさんが朝礼で自分の考えを突然ひとに言い当てられたこのときも、ひょっとするとAさんの表情や仕草にAさんの考えが出ていた現実)のかもしれませんね。たとえば、誰かが退屈なスピーチをしていたときに、誰もがついしてしまうようにAさんも、一瞬つまらなさそうな表情をかいま見せてしまったのかもしれませんね。で、そのあと、「ボクのスピーチ、つまらなかった?」と訊かれたとか。


 あるいは、そのときの状況からしてAさんの考えを言い当てるのは至極簡単だった現実)という可能性も考えられはしませんか。退屈なスピーチが延々とつづいていて、Aさんのみならず、明らかにその場にいる誰もが早く終わってほしいと考えているだろうことが推測できたとか。「え〜、では、早くスピーチを終わってほしいと思っているひとがいるようなので、この辺りで朝のスピーチを終えることにします」


 でも、Aさんからすると、そうしたところで自分が、表情、仕草、振る舞い、に自分の考えを出してしまったりするはずはなかった。もしくは、その場の状況からAさんの考えが容易に推測できたりするはずはなかった。


 いや、いっそ、そのAさんの見立ても、簡単にこう言い換えてみることにしましょうか。そのときAさんには、ひとがわたしの考えを見抜くことは不可能であるはずだという自信があったんだ、って。


 で、そんな自信があったAさんには自分の考えをひとに言い当てられたそのことが不思議に思われてならなかった


 そして以後も、自分の考えを言い当てられるということが何度かつづいたが、とうとうあるとき、以前からずっと首を傾げていたAさんはハッと思いついた。


  
あ、そうか、わかったぞ、自分にはテレパシーがあるんだ。なるほど、それで、見抜かれるはずのない自分の考えが、他人にモレ伝わってしまうのか!


 いまこう推測しました。先ほどのように箇条書きにしてまとめてみますね

  • ①Aさんの表情や仕草に、Aさんの考えが出ていた。もしくはそのときの状況からAさんの考えを言い当てることは容易だった(現実)。
  • ②しかしAさんには、ひとがわたしの考えを見抜くことは不可能であるはずだという自信があった(現実と背反している自信)。
  • ③で、その自信に合うよう、現実をこう解した。「自分にはテレパシーがあって、それで、見抜かれるはずのない自分の考えが、他人にモレ伝わってしまうんだ」(現実修正解釈


 と同時にAさんは、自分がエスパーであるそのこともまた従業員たちに見抜かれ噂されているのではないかと気にするようになった現実)のかもしれませんね。ところが、Aさんからすると、そこで自分が、従業員たちにどう思われているかを気にしたりするはずはなかった。すなわち、そのときAさんには「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信があった(この自信については先ほど説明しました)。で、その自信に合うよう、Aさんは現実をこう解した。


 従業員たちが「Aさんはエスパーだ」と噂しているのが聞こえてくる、って。


 それも箇条書きにするとこうなります。

  • エスパーだと従業員たちに噂されているのではないかと気になる(現実
  • ②「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信がある(現実と背反している自信
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「従業員たちが『Aさんはエスパーだ』と噂しているのが聞こえてくる」(現実修正解釈





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2020年4月18日に、内容はそのままに文字を一部追加しました。また2021年8月9,10,11,12,18日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/10)はこちら。


*前回の短編(短編NO.9)はこちら。


*このシリーズ(全64短編)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「わたしはエスパーだ」「頭のなかを監視されている」を理解する(2/10)【統合失調症理解#3】

*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.10


◆場面1(男たらしだという噂が聞こえてくる)

 Aさんは大手スーパーに入社したときのことから語りはじめていましたね。

 入社した当初は、研修などで同期の仲間どうしで話すことが多く、先輩と仲良くなる前に男の子と話す機会のほうが多くありました。すると突然社内で「Aさんは誰々とつきあっている」という噂がはじまりました。


 ということでしたね。そして、

 うわさはどんどんエスカレートして、ついには「男好き」とか「次から次へと男にちょっかい出して、あの新しく入った新入社員の女は何!?」などと言われはじめるようになりました。


 とのことでしたね。


 Aさんは男性と喋っているところを他の社員たちに見られ陰で噂されているのではないかと気にし出したのかもしれませんね。「Aさんは誰々とつきあっている」とか「男好き」だとか「次から次へと男にちょっかいを出して、あの新しく入った新入社員の女は何!?」と陰で噂されているのではないか、って。


 でも、Aさんからしてみると、自分がそこで、そんなことを気にし出したりするはずはなかった。いや、いっそ、そのAさんの見立てを、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてしまいましょうか。そのときAさんには、「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信があったんだ、って。で、Aさんは、その自信に合うよう現実をこう解した


 他の社員たちがわたしのことをアレコレ噂しているのが聞こえてくる、って。 


 いまこう推測をしましたよ。


 Aさんは男性と喋っているところを他の社員たちに見られ、陰で噂されているのではないかと気にし出した(現実)。ところが、そのAさんには「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信があった。このように「現実自信とが背反するに至ったとき、ひとにとることのできる手はつぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  • ア.そうした背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
  • イ.そうした背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、その場面でAさんは後者イの手をとった。「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信に合うよう、現実をこう解した。


 他の社員たちがわたしのことをアレコレ噂しているのが聞こえてくる、って。


 いまの推測を箇条書きしてまとめるとこうなります。

  • ①男性と喋っているところを他の社員たちに見られ、陰で噂されているのではないかと気になる(現実
  • ②「ひとにどう思われているかを気にしているはずはない」という自信がある(現実と背反している自信
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「他の社員たちがわたしのことを噂しているのが聞こえてくる」(現実修正解釈


 さあ、いまの要領で、どんどんつづきを見ていきますよ。





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2020年4月18日に、内容はそのままに文字を一部追加しました。また2021年8月9,10,11,12日に文章を一部修正しました。


*前回の短編(短編NO.9)はこちら。


*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「わたしはエスパーだ」「頭のなかを監視されている」を理解する(1/10)【統合失調症理解#3】

*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.10

目次
・当事者Aさんが語る5つの場面
・場面1(男たらしだという噂が聞こえてくる)
・場面2‐Ⅰ(ひとに言い当てられた)
・場面2‐Ⅱ(言い当てられたと思い込んだ)
・場面2‐Ⅲ(見抜かれていないかと心配になる)
・場面3(トイレに入っても噂される)
・場面4(家のなかを覗かれる)
・場面5(食堂に入ると聞こえてくる声)
・すべての場面で起こっていたことは何か
・(精神)医学は統合失調症である


◆当事者Aさんが語る5つの場面

 この世に異常なひとはただのひとりも存在し得ないということを以前、論理的に証明しましたよね。

 

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そのときの記事を一応挙げておきますよ。

(注)もっと簡単に確認する回はこちら。

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 そしてそれは、この世に「理解不可能なひとなど、ただのひとりも存在し得ないということを意味するとのことでしたね。

 

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その確認をしたときの記事はこちら。

(注)もっと簡単に確認する回はこちら。

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 だけど、医学は一部のひとたちを不当にも異常と判定し、「理解不可能」と決めつけてきました。


 たとえば、あるひとたちのことを統合失調症と診断し、つぎのように、やれ「永久に解くことのできぬ謎」だ、「了解不能」だと喧伝してきましたね?

かつてクルト・コレは、精神分裂病〔引用者注:当時、統合失調症はそう呼ばれていました〕を「デルフォイの神託」にたとえた。私にとっても、分裂病人間の知恵をもってしては永久に解くことのできぬ謎であるような気がする。(略)私たちが生を生として肯定する立場を捨てることができない以上、私たちは分裂病という事態異常」で悲しむべきこととみなす「正常人」の立場をも捨てられないのではないだろうか(木村敏『異常の構造』講談社現代新書、1973年、p.182、ただしゴシック化は引用者による)

異常の構造 (講談社現代新書)

異常の構造 (講談社現代新書)

 

 

 専門家であっても、彼らの体験を共有することは、しばしば困難である。ただ「了解不能」で済ませてしまうこともある。いや、「了解不能であることがこの病気の特質だとされてきたのである。何という悲劇だろう(岡田尊司統合失調症 その新たなる真実』PHP新書、2010年、p.30、ゴシック化は引用者による)。

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

 


 今回も、このように「理解不可能」と決めつけられてきたひとたちのなかから実際にひとり登場してもらいそのひとがほんとうは「理解可能」であることを実地に確認していきますよ。


 今回は、『べてるの家の「非」援助論』(医学書院、2002年)のp.110を開けてみます。その本では、統合失調症と診断された当事者の方々が、みなさんや俺にもよくわかるように、自身のことを、自分の言葉で、懇切丁寧に説明してくれています。以下そのなかから、Aさん(著書にはお名前が出ていますが、ここではAさんと表記させてもらうことにします)が語って聞かせてくれる話に、耳を傾けてみますね。

 私にとって明らかな病気のはじまりは、大手スーパーの新入社員として入社して間もないときでした。


 入社した当初は、研修などで同期の仲間どうしで話すことが多く、先輩と仲良くなる前に男の子と話す機会のほうが多くありました。すると突然社内で「Aさん〔引用者注:先にも書きましたように、こう表記を改めさせてもらいますね〕は誰々とつきあっている」という噂がはじまりました。


 うわさはどんどんエスカレートして、ついには「男好き」とか「次から次へと男にちょっかい出して、あの新しく入った新入社員の女は何!?」などと言われはじめるようになりました。


 私は自分では何もできず「そんなことないのに」と、毎日家に帰って泣いてばかりいました。私は、ただ一所懸命働きたいだけなのにと思って、「負けるもんか」「負けるもんか」と必死になって会社に行っていました。


 そんなある日、朝礼で、突然、私の考えていることが相手に伝わり、言い当てられるという出来事が起こりました。とにかく驚きでいっぱいでした。


 その後、私の考えていることがみんなに言い当たられるようになり「Aさんはエスパーだ」と言われるようになりました。三〇〇人の従業員全員に私の自分の考えが一挙に伝わり、エスパーだという噂が広がっていきました。


 いつしか、私をいじめていた人たちが幻聴としてあらわれ、一日中私についてくるようになりました。私がどこに行こうとも、私の考えていることが相手に伝わります。繰り返し笑われたり、トイレに入っても「ねー、あれ見た? 見た?」と売り場の人たちから噂されます。


 居たたまれなくなり「この人たちから逃げたい」と思いましたが、今度は家に帰った後もその人たちが家のなかをのぞき、部屋の様子や家族のことを噂するのです。


 どこに行っても、寝ているとき以外はつねに頭の中を監視され、息さえも自由に吸えない状況にまで追い込まれていきました。私はさんざん悩んだあげく「早くこの人たちに幸せになってほしい」「私をいじめることに夢中になっていないで幸せになって」と祈りました。


「このテレパシーさえなければ、自分は社会人としてやっていけるはずなのに……」


 すべてテレパシーのせいだとしか考えられなくなった私は、必死で負けまいとがんばりました。しかし、どこまでいっても幻聴(テレパシー)につきまとわれます。


 あるとき、私自身がいちばん見せたくない弱い自分までも見られたとき、とうとう強がりきれず、突っぱねられなくなってしまいました。もう、これ以上がんばれない。どこにも自分の弱みをさらけ出せなくなったとき、限界がきました。(略)


 いわゆる病気の症状としての被害妄想は、いまでも全然変わっていないし、治ってもいません。いまでも、買い物に行ってもひそひそと噂されます。食堂に入っても「あいつ、よく来れるな」という言葉が聞こえます(同書pp.110-120)。


 みなさんはどのようにこのAさんのことを思い描きましたか。俺はつぎのようなAさん像を思い描きながらこの文章を読みましたよ。いまから場面を5つに分けて見ていきます





         (1/10) (→2/10へ進む

 

 




2021年8月9,10日に文章を一部修正しました。


*前回の短編(短編NO.9)はこちら。


*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「頭の中に機械が埋め込まれている」を理解する(5/5)【統合失調症理解#2】

*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.9


◆結論

 さあ、男子大学生さんが「隣から悪口が聞こえてくる」「頭の中に機械が埋め込まれている」と訴え、隣家に怒鳴り込んだり、頭の中の機械をとり除いてもらうべく脳外科を受診したりするというのがどういうことか、ここまで見てきました。


 果して俺は、その男子大学生さんのことをいま理解し得たと言えるでしょうか。いや、正直な話、男子大学生さんのことをいま完璧に理解し得たと胸を張れるとは、俺自身、まったく思っていませんよ。むしろ、男子大学生さんのことを多々誤ったふうに決めつけてしまったのではないかと気が咎めて肩を落としているくらいですよ。


 でも、こういった手応えは感じます。


 統合失調症と診断され、「理解不可能」と決めつけられてきたこの男子大学生さんが実は理解可能だったということは、いまの考察からでも十分に明らかになっただろう、って。


 みなさんのように申し分のない人間理解力をもったひとたちになら、この男子大学生さんのことが、完璧に理解できると証明するくらいのことは、いまの考察でも十分にできただろう、って。


 今回は、「隣から悪口が聞こえてくる」「頭の中に機械を埋め込まれている」と訴える、統合失調症と診断された、ひとりの男子大学生さんに登場してもらい、その男子大学生さんが精神医学の見立てに反しほんとうは理解可能であることを実地に確認しました





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次回は3月2日(月)21:00頃にお目にかかります。


2020年2月20日に文章を大幅に削除したうえで、文章を一部修正しました。同年同月26日に目次項目を修正しました。


また2021年8月4,11日にも文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/5)はこちら。


*前回の短編(短編NO.8)はこちら。


*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「頭の中に機械が埋め込まれている」を理解する(4/5)【統合失調症理解#2】

*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.9


◆「頭の中に機械が埋め込まれている」

 さて、男子大学生さんは初診時に、「隣から悪口が聞こえてくる」とこのように訴える他、「頭の中に機械が埋め込まれている」とも主張していたとのことでしたよね。就職後すぐ、また幻聴が聞こえるようになって眠れなくなったときも、「頭の中に埋め込まれた機械を取ってほしい」と脳外科を受診したと書いてありましたね。


 今度はこの「頭の中に機械が埋め込まれている」という訴えのほうを見ていきますよ。


 さきほど「隣から悪口が聞こえてくる」という訴えを見ました。男子大学生さんは自分の自信に合うよう、ひとの内心を気にしているという現実を、こう修正解釈していたのではないかとのことでしたね。悪口が聞こえてくる、って。で、その声の出所を隣家と考えたんじゃないか、って。


 でもひょっとするとその声の一部については、こう考えたのかもしれませんね。その声については頭の中に機械でも埋め込まれていてそこから聞こえてくるのだとしか思えない、って。そうじゃなきゃ説明がつかない、って。


 実際、精神科医は、先の男性患者さんやこの男子大学生さんが聞こえてくると訴えるこうした声を幻聴と呼んで、こんなふうに説明します。

 妄想気分とともに〔引用者補足:統合失調症に〕出現しやすいのは幻聴である。幻聴は「声」「テレパシー」「耳鳴り」と表現されることもある。「耳がうるさい」「周囲が騒々しい」「頭に機械を埋め込まれているといった言い方をすることもある岡田尊司統合失調症PHP新書、2010年、p.92。ただしゴシック化は引用者による)。

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

 


 でも、男子大学生さんのこの「頭の中に機械が埋め込まれている」という訴えは、可能性は低いのかもしれませんけど、むしろ、つぎのようなことだったのかもしれないといった気が、俺にはしないでもありません。


 男子大学生さんは、何かが気になるあまりそのことについて考えるのを止められなくなっていたということなのかもしれない、って。


 気になっていたのは勉強や仕事のことかもしれませんし、あるいは何か他の心配ごとなのかもしれませんけど、ともあれ、慣れない環境や重圧のかかる状況などにいるときなどは特に、そんなふうに何かがしきりと気になって、そのことについて考えるのを止められなくなってしまうようなことって、誰しもありますよね?


 たとえば、(自転)車を買ったばかりのときなど、愛車に早速ついた傷のことが気になって、そのことについて考えるのを止められなくなってしまうようなこと、みなさん、ありません? もしくは、あるひとのことが気になるあまり、ずっとそのひとのことを考えてしまって他のことが手に着かなくなるようなこと、ありませんか。


 ひとつの心配ごとについて、何度もおなじことを考えてしまうようなこととか、みなさん、ありません?


 男子大学生さんもひょっとすると、学生時代や就職活動中または就職直後に、そんなふうに、自分の思考がコントロールできなくなったのかもしれませんね?


 だけど男子大学生さんからすると、自分がそこで自分の思考をコントロールできなくなったりするはずはなかった。いや、いっそ、男子大学生さんのその見立てを、語弊を怖れながらも、こう言い改めてしまいましょうか。男子大学生さんにはそのとき、自分は自分の思考をコントロールできていて然るべきだという自信があったんだ、って。


 なのに、男子大学生さんは、勉強や仕事のこと、もしくは他の気がかりな何かについて、つい考え詰めてしまって、どうしても考え止めることができないでいる。


 男子大学生さんは首をひねる。


 自分は自分の思考をコントロールできていて然るべきなのに、おかしいなあ。自分の思考をコントロールできないなんて、こんなことは起こり得るはずがないんだがなあ……あ、でも、ちょっと待てよ、さては、頭の中に機械が埋め込まれているな? そうかなるほど解けたぞ! それで自分の思考がコントロールできなくなっているのか!


「先生、手術で、頭のなかに埋め込まれた機械を取ってくださいよ!」


 いまこういう場面を想像しました。男子大学生さんは、自分の思考をコントロールできなくなるという「現実」に直面していた。ところがその男子大学生さんには、自分は自分の思考をコントロールできていて然るべきだという「自信」があった。このように「現実自信とが背反するに至った場合、ひとにとることのできる手はつぎのふたつのうちのいずれかであるように俺には思われます。

  • A.そうした背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
  • B.そうした背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 で、そこで、男子大学生さんは後者Bの手をとった。自分は自分の思考をコントロールできていて然るべきだという「自信」に合うよう、「現実」をこう修正した。


 頭の中に機械が埋め込まれているんだ。そうでもなければ、自分が自分の思考をこんふうにコントロールできなくなっているはずはないんだ、って。


 以上についても箇条書きにしてみます。

  • ①自分の思考をコントロールできないでいる(現実
  • ②自分は自分の思考をコントロールできていて然るべきだという自信がある(現実と背反している自信
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「頭の中に埋め込まれた機械に邪魔されて、思考がコントロールできない」(現実修正解釈





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2020年5月23日と2021年8月4,11,12日に、文章を一部訂正しました。


*今回の最初の記事(1/5)はこちら。


*前回の短編(短編NO.8)はこちら。


*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「頭の中に機械が埋め込まれている」を理解する(3/5)【統合失調症理解#2】

*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.9


 つまり、こういうことです。


 たとえば、大学から帰宅したあと部屋でひとりになった男子大学生さんが、自分はひとに内心「勉強できなさそうだなあ」とか「カッコ悪いなあ」といったように悪く思われているのではないかとしきりに気にしているような場面をひとつ、想像してみてくれますか。


 ところが、その男子大学生さんからすると、自分がそこでそんなことを気にしたりするはずはなかった。いや、いっそ、男子大学生さんのその見立てを、少々語弊があるかもしれませんけど、こう言い換えてしまいましょうか。そのとき男子大学生さんには、自分がそんなことを気にしているはずはないという自信があったんだ、って。


 で、その自信に合うよう、男子大学生さんは現実をこう解した


「勉強できなさそうだなあ」とか「カッコ悪いなあ」とボクを悪くいう声が聞こえてくる、って。


 でも、その声はいったいどこから聞こえてくるのか。男子大学生さんには隣の家からだと思われた。結果、それから数年後、「また幻聴が聞こえるようになり、眠れなくなった」とき、とうとう我慢の限界に達し、「もう聞き捨てならない」とばかりに隣家へ怒鳴り込んでいくことになった  


 男子大学生さんの「隣から悪口が聞こえてくる」という訴えから、俺はそのような場面を思い描いたりしましたが、みなさんはどうですか。


 ここでも、いま見たところを箇条書きにしてみますね。内容は、最初にふり返った男性患者さんの場合とほとんどおなじです。

  • ①周りのひとたちに内心悪く思われているのではないかと気になる(現実
  • ②そうしたことを気にしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「悪口が聞こえてくる」(現実修正解釈





2/5に戻る←) (3/5) (→4/5へ進む

 

 




2021年8月4,11,12日に文章を一部修正しました。


*今回の最初の記事(1/5)はこちら。


*前回の短編(短編NO.8)はこちら。


*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。

 

統合失調症の「頭の中に機械が埋め込まれている」を理解する(2/5)【統合失調症理解#2】

*短編集『統合失調症と精神医学の差別』の短編NO.9


◆「隣から悪口が聞こえてくる」

「隣から悪口が聞こえてくる」という前者の訴えについては以前どこかで考察したような気が、みなさん、しませんか。何か思い出しません?


 統合失調症と診断されたつぎの男性患者さんのことをまえに見たの、覚えてません? その男性患者さんもこの男子大学生さんのように「悪口が聞こえてくる」と訴えていましたよね。

 家族から、よく電話で浪費を諫められている男性患者は、電話でガミガミ叱責された後で、幻聴がすると訴えた。幻聴は、「小遣いばかり使って」「お菓子ばかり食べて、あんなに太っている」と自分を非難する内容だった(岡田尊司統合失調症PHP新書、2010年、p.95)。

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

統合失調症 その新たなる真実 (PHP新書)

 


 その男性患者さんのことを俺、たしかこういうふうに想像しました。

 

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そのときの記事はこちら。

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 男性患者さんは、家族から電話で浪費を諫められたあと、周りのひとたちにも内心、「小遣いばかり使って」とか「お菓子ばかり食べて、あんなに太っている」といったように悪く思われているのではないかと気にするようになったのではないか、って。しかしその男性患者さんからすると、自分がそこで、そんなことを気にし出したりするはずはなかった。要するに、そのときその男性患者さんには、自分がそんなことを気にしているはずはないという自信があった。で、男性患者さんはその自信に合うよう現実をこう解した


「小遣いばかり使って」とか「お菓子ばかり食べて、あんなに太っている」とボクを悪くいう声が聞こえてくる、って。


 男性患者さんのこの現実解釈をいまからすこし復習してみますよ。こういうものであるとのことでしたね。


 男性患者さんには「自信」があった。自分が周りのひとたちにも内心悪く思われているのではないかと気にしているはずはないという「自信」が。けど「現実はそうした自信とは背反していた。実にそのとき男性患者さんは、そうしたことをしきりと気にしていた。俺には、そんなふうに「自信」と「現実」とが真っ向から背反するに至った場合、ひとがとり得る手は、つぎのふたつのうちのいずれかであるように思われます。

  • A.そうした背反を解消するために、「自信」のほうを、「現実」に合うよう訂正する。
  • B.そうした背反を解消するために、「現実のほうを、「自信」に合うよう修正する


 そして男性患者さんはそこでまさに後者Bの手をとった。


 いま復習したことを箇条書きでまとめるとこうなります。

  • ①周りのひとたちにも内心悪く思われているのではないかと気になる(現実
  • ②そうしたことを気にしているはずはないという自信がある(現実と背反している自信)。
  • ③その自信に合うよう、現実をこう解釈する。「悪口が聞こえてくる」(現実修正解釈


 初診時に、「隣から悪口が聞こえてくる」と訴えた先の男子大学生さんも、いまふり返った男性患者さんとおなじように現実を、現実に背反している自信に合うよう修正解釈していたのではないか、ということですよ。





1/5に戻る←) (2/5) (→3/5へ進む

 

 



2020年5月23日と2021年8月4,11,12日に文章を一部訂正しました。


*前回の短編(短編NO.8)はこちら。


*このシリーズ(全64短編を予定)の記事一覧はこちら。